第12話 ヴァイツァーの意地と仕返し

やがて現れたのは、


「まあ!」


「なんと神々しい!」


 貴婦人たちから感嘆の声が漏れるほど、見事なドレス姿のアニスだった。


 ウィストリアで流行している、最新の仕立てのドレスには、東方からもたらされた高価なシルクがふんだんに使われており、見る者を圧倒した。


 また、身に着けているアクセサリーも贅を凝らしたものばかりで、ルビーにサファイア、ダイヤモンド、真珠などの宝石が、金地に豊富に散りばめられている。


 元々アニスはウィストリアでも有名な美形だったので、大広間にいた者たちは、その美しさに驚嘆した。


 それを見てヴァイツァーは、してやったりとほくそ笑んだ。


(クルキアの田舎者め。これが貴族の女性の正装というものだ)


 アニスに内緒でドレスやジュエリーを用意させたのは、父親のエルンストだった。


 政略結婚に使われる娘に、せめてもの気持ちで高価な衣装や宝飾品を贈ったのだった。


 そこには病気で何もしてやれない不甲斐なさもあった。


 ヴァイツァーは思いがけない形で、親の子を思う気持ちを生かすことができ、感無量だった。


「ヴァイツァー殿、王妃の恰好が少し華美に過ぎるように思うが」


 オドがこっそり、苦言を呈してきたが、ヴァイツァーは遠くを見て、すっとぼけた。


「はて。ウィストリアでは、王妃様は日常、だいたいこのような恰好をしておられるが。これでも華美を避け、簡素にした方です。お国柄の違いでしょうか?」


 オドは何か言いたげだったが、これ以上は水掛け論になるのが明らかなので、言葉を飲んだ。


 続いてアニスが礼法に則った、優美な所作で王に挨拶すると、見とれた貴族たちから、ほう、とため息が出る。


 王は相変わらず仏頂面だったが、瞳はアニスにくぎ付けで、興味は示しているようだった。


(勝負所だな)


 ヴァイツァーはさらに畳みかけることにした。


 再び家臣に指示を出す。


 すぐに大広間に運び込まれたのは、彫金や、金の象嵌が施された、見事な銀の甲冑や、山のような種々の高価な品々だった。


「ウィストリア国王ルフド二世陛下や、デュフルト侯爵エルンストより、クルキア王カリアス陛下への献上の品々でございます」


 これにはさすがに宰相のオドも黙っていることができなかった。


 声を荒げて違約を指摘したが、ヴァイツァーは首を傾げるばかりだった。


「嫁入り支度は華美にせぬよう承っているが、カリアス王への献上品までそうしろとは言われておりませぬ」


「詭弁だ!」


 オドが喚いたが、ヴァイツァーはますます首を傾げるだけだった。


「とんでもございませぬ。本来ならば偉大な王陛下には、黄金の甲冑をこそ献上すべきところ、あえて貴国の伝統を尊重し、質素な銀製の物といたしましてございます。他の物も同様。どうか遠慮なくお納めくださいますよう」


 その瞬間、ヴァイツァーの鼻の穴が開くのを見て、アニスは笑いそうになるのを必死にこらえた。


 デュフルト侯爵家の家宰は、クルキア側の無礼に対して、非の打ちようがない、慇懃無礼な態度で反撃したのだった。


 領内に銀山があるせいもあり、パトナは金属加工や冶金、工芸が盛んで、献上品を通して両国間の文化や工芸レベルの違いを見せつけた意味もある。


(ヴァイツァー、実にエレガントだ)


 アニスは心の内で、海千山千の老獪な家臣を褒め讃えた。


「なお、パトナの名物である、銀の食器も多数持参いたしました。姫様が故郷を思い出すよすがにもなりましょう。どうか日常用として食卓でお使いくださいますよう」


 アニスは今度こそ爆笑しそうになった。


 唇がプルプルと震える。


 銀器を用いるのは、毒殺を恐れるからであり、それを宮廷で使えというのは、毒を盛られるのを疑っていると言うのと等しい。


 まさに痛烈な皮肉だった。

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