第5話 アニス様、野蛮な国に送られる
アニスがクルキアに旅立ったのは、冬が去り、山々の雪も溶けた五月も後半のことだった。
「クルキアは質実剛健を尊ぶ国。華美な嫁入り支度は厳に慎んでもらいたい。供の者も、大勢は無用」
カリアスからの使者の口上を受け、アニスを乗せた馬車も含め、一行の人数や様子は、名のある貴族のものとしては、かなり慎ましいものとなった。
花嫁を無事にクルキアまで送り届けるため、一応、ルフド二世から付けられた警固の者たちもいるが、数はそれほど多くない。
「民を苦しめ、無駄に贅沢をする王よりは余程ましだ」
アニスはどこ吹く風だったが、婚礼に付き従うヴァイツァーは内心、不満たらたらだった。
病身のエルンストは結婚式への参加を見送り、まだ幼いヨハンも何かあっては一大事と、念のためパトナに残った。
「姉様、行かないで!」
幼いヨハンは、泣いて母親代わりのアニスにすがったが、結婚は国同士の取り決めのこと、今更どうすることもできない。
「いつかぼくが絶対に、姉様を助けに行くから!」
ヨハンの声が、空しく春の霞に吸い込まれていく。
結局、アニスの嫁入りは、政略結婚として、名実ともに祝福されたものとならなかった。
それが長年、アニスに仕えてきたヴァイツァーには無念でならない。
(由緒正しいデュフルト侯爵家の令嬢に対し、この仕打ち。許せぬ。必ず一泡ふかせてやる)
ヴァイツァーが険しい顔をしていたせいだろうか、馬車の中で向かい合って座るアニスが、突然、真顔で口を開いた。
「ヴァイツァー、お前が私の婚礼に参加してくれてうれしい。それだけで私は十分、果報者だ」
「姫様」
ヴァイツァーはそのまま、黙って頭を下げ続けるしかなかった。
アニスの瞳が、珍しく少し潤んでいたからだった。
一週間後、馬車がウィスタリアとクルキアの国境にある峠に差し掛かった時、ヴァイツァーはアニスに馬車を停めるかどうかを問うた。しかし、アニスは、
「やめておこう」
と言ったきり、故郷パトナのある方角に目をやることすらなかった。
ヴァイツァーはそこにかえってアニスの覚悟と悲しみの程を知り、いたたまれない気分になった。
車内に重い空気が漂ったその時だった。
「お待ちください!」
峠の頂上で、誰かがアニスの一行に声をかけた。
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