第4話 アニス様、政略結婚の道具にされる

 侵攻してきたクルキア軍に対し、ウィストリア王国は、パトナでは勝利した。


 しかし、名将として名高い、敵のトイシュケル将軍が率いる別働隊、二万の軍勢が、ウィストリアの正規軍を各地で撃破。


 勢いに乗って首都リンゲン近郊まで侵入し、結局、戦争は痛み分けの和議となった。


 もっとも、実際は敵に城下まで迫られたウィストリアの方が分が悪く、国王ルフド二世は和議の条件として、クルキアから分の悪い要求を突き付けられた。


①年に一万二千クルザートの金貨をクルキア王に貢納すること。


②両国の友好の証として、デュフルト侯爵令嬢アニスを、いまだ独身の王の花嫁として、クルキアに送ること。


③ウィストリアはクルキアの友好国として、互いに領内における領民の自由通行など、諸々の便宜をはらうこと。


 が、それである。


 ウィストリア王には未婚の娘がおらず、結果的に王の妹の娘、つまり姪であるアニスに白羽の矢が立つ形となった。


 また、アニスの嫁入りに関しては、クルキア側から、なぜか強い要望があったのであった。


 国王の使者から、娘を嫁がせるよう伝えられたデュフルト侯爵エルンストは落胆し、食事ものどを通らなくなる程だった。


 それは、クルキア王国には外戚の影響力拡大を防ぐため、国王に即位した男子の母親は、必ず死を賜るという伝統的な悪習があるからだった。


「たとえ、男の子宝に恵まれたとしても、アニスは殺されてしまう。いくら名高い王家といえども、どうしてそんなところに娘を嫁がせねばならぬのか」


 おまけに当代の王は、若くして王位についてからというもの、常に戦争に明け暮れてきた、暴君と噂されるカリアスである。


「そもそも、なぜクルキアがわしの娘を望むのかが、まるで解せぬ。王の姪なら、他にも数人いるはずだ」


「然り。姫様を、あのような野蛮な男に嫁がせるなど、あってはならないこと!」


 ヴァイツァーも、こめかみに青筋を立てて憤激した。


 しかし、ウィストリア王の家臣であり、近親でもあるデュフルト侯爵としては、ルフド二世の命令を断れようはずもない。


「父上、私はクルキアに嫁に参ります。元々いい歳です。これも神様の思し召しでしょう」


 当然、事情は承知しているアニスに言われて、皆黙り込むしかなかった。


「すまぬ、アニス」


 頭を下げるエルンストに対し、アニスは精一杯の笑顔で答えた。


「カリアス王にお目にかかるのが楽しみです。できれば、かきやすい寝首だといいのですが」


 いつもは皆を和ませるアニスの冗談だったが、今回ばかりは、重い沈黙しかもたらさなかった。

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