第2話 執事ヴァイツァーの、叶わぬ願い

 運命、と聞いて、ヴァイツァーは考え込んだ。


 もし姫様が男で、この家の跡継ぎだったらどれ程喜ばしいことだっただろうか、と。


 頭脳明晰・博覧強記・才色兼備。


 アニスは父親が言うように、本当に素晴らしい娘だった。


 今回のクルキアとの戦でも、その見事な才能を遺憾なく発揮している。


 三方を川に守られる要害堅固な都市、パトナであったが、さすがに精鋭のクルキア正規軍、三万人相手の籠城戦は、多勢に無勢だった。


 デュフルト侯爵家が動かすことの出来る軍勢は、パトナの住民も含めて、せいぜい四千人。


「敵、侵攻の可能性あり」の情報を掴んだアニスは、すかさず領民を動員し、領内の収穫前の小麦をすべて刈り入れ、敵に兵糧を与えないようにした。


 さらにパトナがクルキア軍に完全包囲された後は、女が率いる小都市と侮った敵の隙を突き、事前に用意しておいた多くの小舟を使って夜襲を敢行。


 城外の民家に、わざとビールの樽を多く残したことも功を奏し、クルキア兵は酔って眠りこけていたところ、天幕に火を放たれ、大混乱に陥った。


 攻囲戦の最中、アニスは川の上流の堰を切り、クルキアの陣を水浸しにして、敵を溺死させたり、日頃から備蓄していた、武器や兵糧などの軍需物資を生かしつつ、辛抱強く籠城戦を続けた。


 同時に領内各地に伏せて置いた兵士や、民衆の自警団に、敵の糧道を断つゲリラ戦も行わせている。


 その結果、大所帯のクルキア軍は慢性的な食糧不足や、不衛生な環境による伝染病に悩まされ、厳寒の冬の到来に伴い、撤退を余儀なくされたのだった。


(神は時々、人智のはるかに及ばぬ行いをなさる。男に生まれれば、大国を統べることすら不思議でない才能を、このような若き美貌の乙女に与えるとは)


ヴァイツァーは改めて、時折、自分の方に顔を向ける、アニスの美しい横顔に目をやった。


 デュフルト侯爵領は左程広くないが、領内には銀山や銅山など、いくつかの有望な鉱山を抱えており、パトナは富邑として知られていた。


 クルキアの大軍が攻めてきたのも、十中八九、それらを狙ってのことと推測される。


 その豊かさゆえに、常に外敵から狙われる小国。


 それがデュフルト侯爵領だった。


 ゆえにパトナを治める侯爵家の当主には、それなりの才覚が要求される。


(もしも姫様が男だったなら)


 アニスの、まるで男のような話しぶりを聞く時、ヴァイツァーはいつもそのような妄執にとらわれるのだった。


 そしていつものように、叶わぬ夢と嘆息したその時だった。

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