第2話 古の邪神、招来

 渦巻く黒雲の中心から、姿を現したものは……(衝撃音) 一匹の『黒猫』だったわ。


 これは、ダブルクロスカウンターをストマックに打ち込まれたような衝撃。

流石に、小学生だと思って、馬鹿にし腐ってないかしら? 招来の瞬間を激写しようと思って、スマホのカメラを構えてたのに、これは無いでしょう。しかも、黒猫って画像が黒つぶれし易くて難しい被写体よ。ふざけてるわ、まったく。


すると、間髪を入れず、黒猫が自己紹介。


「さぁ、始まりました。(パチパチパチパチ) 古の、邪神でーーーーーーす!!」


「馬鹿ぁぁぁあああーーーーっ! 馬鹿よ、馬鹿っ! グロイの期待してたのに」


邪神は、照れ隠しに嗤いながら、


「いやぁ、今回、児童文学なんで、グロイのは遠慮して可愛い猫にしました」


そうなのね。そういう忖度をしたのね。まぁ、それはいいけど。でも、猫は無いでしょ、猫は。これじゃ、邪神じゃなくてニャ神だわ。


「で、あなた。招来した目的って何? ただ、呼ばれて来ただけじゃ無いでしょ?」


邪神は、(ポンっ)と手を打つと、


「あ! そうでした。久しぶりに招来したんで忘れるところでした」


やっぱり、馬鹿じゃないの? こいつ。


「それでは、テンプレ通りに…… え、えぇー、ゴホン。『ちから』が欲しいか?」


 やっぱり馬鹿ね。小学二年生の女子が、『ちから』なんて欲しいわけないじゃない。欲しいのは、お金よ。お金があれば、あんなことやこんなことも、し放題。港区女子デビューも夢じゃないわ。(キラキラ音)


「お金、お金。ギブミーマネーよ」 (チャリーン) (キャッシュレジスターの音)


邪神は、困惑した様子で、


「お金ですか? ちょっと、管轄外なんで。お金以外のものでお願いします。『ちから』って言ってもいろいろあるんで。『魔法少女』とかは、どうでしょう?」


魔法少女? テレアサでやってるアレ? それとも、『ピピルマピピルマ (略』って、アレ?…… まぁ、折角、来てもらったんだから、このまま帰らせるのも惜しいし。あたし魔法少女って嫌いじゃないし。もしかしたら魔法で金儲けができるかも?


「解ったわ。取り敢えずその方向で、手を打つわ」


邪神は、とっても喜んだ様子で、


「そうですか、助かります。じゃぁ、これから貴女に、『呪力』を授けます」


くれる物は、何でも貰うわ。


「貴女は、その『呪力』を消費することで、様々な『魔法』を使えます」


金儲けの魔法もあるのかしら?


「消費した『呪力』は、人々のネガティブな心に触れることで補充されます。その際、『呪力』の上限値はアップして使える『魔法』の種類も威力もアップします」


ふーーん…… そういうことなのね。でも、ちよっと疑問?


「ネガティブな心って、何なの?」


「そうですね。恐怖、後悔、嫉妬、羨望、懺悔、虚栄、失望、落胆etc。と、いった『不幸せ』を生み出す感情ですかね。貴女が神になって、そういう境遇の人々を救ってもいいし、または逆に悪魔になって、そういう境遇の人々を生み出してもいい。それは、貴女の自由です」


(ビープ音)


どう考えても、小学二年生の女子が理解するのは無理だったわ。まぁ、出たとこ勝負でいいんじゃない?


「じゃぁ、ズバッとやって頂戴!」


「かしこまり!」


邪神は、冒涜的で名状し難い笑みを浮かべると、おもむろに両手を掲げて、

…… 踊りだした!


(野球拳の音楽)


「魔~法ぉー、すーるならー、こういう具合にしやしゃんせー! アウトセーフ! よよいのよい!っと」


(控え目な爆発音)


 突然! あたしの身体の中の蕾が……花、開いた! 開花の瞬間、あたしの全身に熱いちからが満ちていくのを感じたの。ちからは、全身の細胞、ひとつひとつを震わせて克己したわ。


 そして、あたしは当たり前のように魔法を自覚した。それは、夢の中で何の理由もなく自然に空を飛べるのと同様に、何の違和感もなく自然に理解しただけだった。そう、あたしは魔法少女になったのではなく、魔法少女だったことを自覚しただけ

…… 人は、初めっから…… 魔法少女なのね。


しばらく放心状態が続き、あたしが無言なのを気にして、邪神が問いかけた。


「どうでしょうか? お身体の様子は?」


あたしは、夢から覚めた気持ちで答えたの。


「うん、平気よ。何ともないわ。ただ何か、ちからが湧いてきたみたい。不思議ね」


今ならなんでも出来る。そんな気分だったの。




「どうです? 変身してみます?」


邪神は、冒涜的で名状し難い『深紅のリボン』を手にして、言った。


「え? 変身? 変身できるの? それは何?」


「これは、変身アイテムです。これで、髪を束ねて結んでください。そうすれば、貴女は、魔法少女に変身できます」


凄い! 本当? やっぱり、禿の中年は変身できないのね。もっともだわ。


あたしは、深紅のリボンを受け取ると、お下げ髪を後ろに束ねてリボンで結んだ。


「変身!」 


(キラキラ音)


 煌めく星屑が舞い上がり、着古したワンピースはフリルの付いた真っ赤なワンピースに、サンダルはハイヒールへと変わったわ。そして、ネイルとルージュとアイシャドウが引かれて、めくるめく花びらの中、六本木ヒルズとナイトプールの幻影が浮かび、ハイブランドなバッグを手にした『港区女子のお嬢さま』が完成したの。


(ファンファーレ)


「こ、これが、あたし?」


「お気に召しましたか?」


「こんなあたし、見たことがないわ。ちゃおガールも真っ青ね」


これだけ可愛ければ、『いただき女子モモちゃん』も夢ではないわ。禿のオジを手玉に取るのよ。そんな妄想もはかどるような大変身よ。


(チャリーン) (キャッシュレジスターの音)


邪神は満足したような面持ちで、こう言ったの。


「それでは私は、もう帰りますが……いいですか、貴女は神にも悪魔にもなれる。それを忘れないでください。じゃ、後ほど」


そう言うと、邪神の姿は霞のようにかき消えたわ。




(騒々しい蝉時雨)


 夏の夕暮れ。何処からか聞こえる蝉時雨も騒々しく、心地よいそよ風があたしの頬を撫でる。駐車場のアスファルトはまだ熱く夏の余韻を残していたの。


 夏休み最後の日はこうして終わったわ。


 けれど、夏休みの宿題はまるで手つかずのまま残っていたの。嗚呼……


(衝撃音)

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