牛の競りと間違えて王子様と結婚することになった娘には聞かなければならないことがある!

マゼンタ_テキストハック

第1話

 娘は広大な屋敷の一室で、そっとため息をついた。牛の競りと、婚約者選びのパーティーを間違え、当主様に勝手にオチられて結婚まで決まった娘である。素朴な感じがよかった、と世間ではもっぱらの噂らしい。


「昨日の今日で、自分がここにいるなんて。まったく、人生ってやつは……」


 娘が窓の外を眺めていると、コツコツと軽快な足音が近づく。振り返ると、美麗な王子様が、にこやかに立っていた。


「一人で退屈かい?」

「退屈なわけないでしょう! まだ状況を消化しきれてないだけです!」

「ぷっ……あははは!」王子様は吹き出した。「消化しきれてない、か」

「だから! そんなに笑わないでくださいってば!」

「だって、君が面白くてねぇ。君といると、本当に飽きない」

 王子は娘の隣に立つと、するりと腰に手を回した。

「ひゃっ! ちょ、近いですよ!」身をよじる。この距離感が、どうにも慣れない。

「嫌かい?」悪戯っぽく囁き、耳元に息を吹きかけた。

「う、うぅ……嫌じゃないけど、その……」

 顔を真っ赤にしてどもる。ザ・王子様な王子様にこんな風にされるのは、正直、悪くないどころか、きゅんとしてしまうのだ。

「ふふ、可愛いよ」

 王子様は満足そうに微笑み、娘の頭を優しく撫でた。

「あの、王子様……本当に、私でいいんですか?」

 不安に駆られ、娘は尋ねた。

「もちろんさ。君こそ、俺の隣で笑い続けてくれるかい?」

 王子様は真剣な眼差しで娘を見つめた。揺るぎない決意が見て取れた。


「……はい、喜んで」


 娘は瞳を見つめ返し、はにかんだ。口元には、自然と笑みがこぼれていた。笑いの絶えない家庭。それも悪くないかもしれない。

「あの……、牛は好きですか」

「ぐふっ」

 その瞬間、王子様はまたもや吹き出した。

「な、なんですか!」

「いや、あまりにも健気で可愛かったから」

「えっ、牛が?」

 王子様は再び娘を抱き寄せ、その頬にキスを落とした。

「また笑ってる!」

「君が可愛いから、しょうがないじゃないか」

 王子様の笑い声が、今度は優しく、娘の心にじんわりと染み渡った。王子様との、ドタバタで甘い新婚生活は、今、始まったばかりなのだ。

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