第47話決断の重み

黒い結晶を抱えたまま、俺たちは村へ戻った。

 村人たちは瓦礫を片付けながらも、俺たちが持ち帰ったものを見るなり息を呑む。


「な、なんだ……あの禍々しい石は……」

「まるで、まだ動いているみたいだ……」


 赤黒い光が薄暗い空気を照らし、村人たちの顔は恐怖に歪んだ。

 誰もが「こんなものを村に持ち込むべきじゃなかった」と目で訴えていた。


 村の中央に集まった長老が、険しい顔で口を開く。

「これが……黒外套の“主”が残したものか」


 俺は頷き、槍を突き立てて言った。

「放置すれば再び奴らの拠点となる。だが、壊し方を間違えれば村も森も消し飛ぶ可能性がある」


 沈黙が広場を包む。

 やがて、一人の村人が叫んだ。

「なら捨てろ! そんなもの、持ち込むな!」


 別の者が反論する。

「だが、もし利用できるなら? 魔王の力を奪えるかもしれない……!」


 意見は割れ、混乱が広がった。


 ナギサが俺の袖を引き、小さな声で囁く。

「アレン……ナギサは嫌だよ。そんな石、絶対壊した方がいい」

 彼女の瞳は不安に揺れながらも、強い独占欲に裏打ちされた決意を宿していた。

 ――俺が危険なものに関わることを、心の底から拒んでいた。


 ミレイユは対照的に、真剣な顔で石を見つめる。

「研究すれば対抗策が見つかるかもしれません。無闇に壊すのは早計です」


 海斗が間に入り、声を上げた。

「でも、あれが“リスポーン地点”みたいなものなら……壊さなきゃ不死の兵は止まらない。

 俺の世界じゃ、“セーブポイント”は力の根源なんだ。だから――」


 言いかけて、彼は拳を握りしめた。

「だから、これは俺が決めるべきことなのかもしれない」


 その言葉に広場がざわめいた。

 転移者である彼の発言は、村人にとっても重みを持つものだった。


 俺は槍を握り、全員を見渡す。

「結晶をどうするか……今、ここで決めなければならない」


 村人の視線が交錯し、広場の空気が張り詰めていく。

 その瞬間、結晶が低く脈動し、赤黒い光を放った。

 まるで、こちらの迷いを嗤うかのように。

 赤黒い光が一際強く脈動し、広場に集まった村人たちが思わず目を覆った。

 結晶の中心から黒い霧が溢れ出し、地面を這いながら広がっていく。


「っ……動き出した!?」

 ミレイユが結界を展開するが、霧はその障壁を軋ませるほどの圧を持っていた。


「ナギサの言った通りだ……! こんなもの、放っておけない!」

 海斗が短剣を抜き、結晶に向かおうとする。


 だが次の瞬間、黒霧が渦を巻き、視界がぐにゃりと歪んだ。

 目の前の広場が消え、俺たちは知らぬ闇の空間に立っていた。


「ここは……?」

 足元は黒い水面のように揺れ、頭上は星一つない暗黒の天蓋。

 結晶だけが不気味に浮かび、俺たちを照らしていた。


 その光景に、ナギサが俺の腕にしがみつき、震える声で囁く。

「アレン……ここ、怖い……」


 ヴォルグの声が、どこからともなく響く。

『愚かな人間ども。結晶はただの道具ではない。“試練”だ。

 生かすか、壊すか――お前たちの選択を見届けよう』


 村人たちが悲鳴を上げる。

「まさか……これは“主”が仕掛けた罠なのか……!」


 俺は槍を構え、結晶を睨んだ。

「試練だろうと何だろうと、俺は立ち向かう。仲間と共にな!」


 黒い水面から、不死の兵が次々と浮かび上がってくる。

 昨日戦ったはずの黒外套の兵たちが、まるで悪夢の残像のように現れる。


 海斗が短剣を握り直し、歯を食いしばった。

「これが……試練なら、俺も逃げない!」


 ミレイユも震える声で呪文を紡ぐ。

「……誰も傷つけさせない……今度こそ!」


 そしてナギサは俺の腕を離し、爪を立てて前に出た。

「アレンと一緒なら、ナギサだって戦える!」


 結晶の光が強まり、不死の軍勢が襲いかかる。

 ――結晶が示す“試練”が、今まさに始まろうとしていた。


____________________

後書き


 第47話では、黒い結晶を巡る村人たちの議論が描かれました。壊すべきか、利用すべきか――ナギサ、ミレイユ、海斗それぞれの立場が鮮明になり、村全体も揺れ動きます。

 次回は、結晶が見せる“試練”と、それに挑む仲間たちの姿が描かれます。

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