第37話俺の名は

 炎と闇が渦巻く広場で、ヴァルガの咆哮が轟いた。

「小賢しい……何度死んでも立ち上がるか。だが、もう限界だ!」


 黒炎の奔流が俺を押し潰そうと迫る。

 膝が砕けそうになるほどの圧力に、肺が焼けるように熱い。

 槍を握る手も痺れ、意識が暗転しそうだった。


 ――それでも、退けない。


 背後には村人たちがいる。

 涙を流しながら祈るミレイユ。

 必死に水を運びながらも歯を食いしばる海斗。

 そして、泣き叫びながら俺の名を呼ぶナギサ。


 彼らの声が、俺を支えていた。


 ヴァルガの赤い瞳が鋭く光る。

「貴様……何者だ? ただの人間ではあるまい」


 その問いに、俺は血を吐きながら笑った。

 胸に刻まれた代償が脈動し、熱が全身を駆け巡る。


「……そうだな。俺はただの人間じゃない」


 炎が渦を巻き、全員の視線が俺に注がれる。

 俺は槍を大地に突き立て、声を張り上げた。


「俺の名は――アレン・ストラウド。

 かつて魔王様に直々に仕えた部下だ!」


 その宣言が夜空を裂き、村人たちを凍り付かせた。

「魔王の……部下……!?」

「そんな……」


 ナギサが絶句し、ミレイユは目を見開いて立ち尽くす。

 海斗ですら声を失った。


 ヴァルガの唇が歪む。

「やはり……そうか。魔王に選ばれし者が、こんな片田舎で燻っているとはな!」


 その嘲笑に、胸の奥で何かが弾けた。

 魔王に拾われた日。

 雑魚と蔑まれ、追放された日。

 全てが蘇り、怒りと誇りが槍に宿る。


「だが今は違う! 俺は村を守るために戦う! 魔王の部下だった俺が――今はこの人々の盾になる!」


 叫びと共に槍を振り抜く。

 第三段階の力が限界まで高まり、槍が白い光を帯びた。

 ヴァルガの黒炎を裂き、奴の胸元を貫く。


 轟音と共に炎の壁が揺らぎ、ヴァルガが苦悶の声を上げて後退する。


「ぬ……ぬぅ……! この程度で……!」


 それでも奴はまだ立っている。

 だが、確かに初めてヴァルガの体を貫いた。


 村人たちは恐怖と動揺の中で、ひとつの真実を理解した。

 ――自分たちを救った男は、魔王の元部下だったのだと。


ヴァルガの胸を貫いた槍を、俺は力任せに引き抜いた。

 鮮血が飛び散り、炎に照らされて赤黒く輝く。

 しかしヴァルガは苦悶の声を上げながらもなお笑っていた。


「クク……やはりだ……魔王に選ばれし者……その力……ただの雑兵ではない……!」

 体をよろめかせながらも、奴の眼光は鋭く、赤い瞳が俺を射抜く。


「……黙れ。お前に魔王を語る資格はない」

 俺は槍を構え直し、足元を踏み締めた。

 胸の刻印が再び脈打ち、視界の端が白く揺らぐ。

 代償は刻一刻と俺の体を蝕んでいた。


 背後で村人たちがざわめく。

「やっぱり……魔王の部下……!」

「そんな人間に……頼ってしまったのか……」

 恐怖と混乱、そして微かな安堵が入り混じる声。


 ナギサが振り返り、叫ぶ。

「レインはナギサの! ナギサを守ってくれた! 悪く言うやつ、ナギサ絶対許さない!」

 涙に濡れたその声は震えていたが、確かな意志を帯びていた。


 ヴァルガが両手を広げる。

 黒炎が再び渦を巻き、巨大な獣の形を取って俺に襲い掛かる。

「ならば示せ! 魔王の部下である貴様が、人間の盾を気取る滑稽さを!」


「上等だ……!」

 俺は槍を振り抜き、白く輝く一閃で黒炎の獣を切り裂いた。

 爆ぜる衝撃で大地が割れ、炎の壁が一瞬揺らぐ。


 ヴァルガが後退しながらも、なお笑みを浮かべる。

「よかろう……次で決めてみせろ。我を討てるなら――この村は生かしてやる!」


 村人たちが息を呑み、広場の空気が凍り付く。

 俺は槍を握り直し、最後の力を振り絞った。

「……お前を討って、すべて終わらせる!」


 次の瞬間、炎と槍が再び激突し、広場を覆う光と衝撃が夜空を裂いた。


____________________

後書き


 第37話では、ついにレインが本名「アレン・ストラウド」を名乗り、かつて魔王に仕えていた過去を明かしました。その告白は村人たちを揺さぶり、ヴァルガとの戦いをさらに因縁深いものとします。

 次回は、ヴァルガ討伐の決着と、暴露された真実を前にした村人たちの選択が描かれます。

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