第35話炎の檻

 ヴァルガの赤い瞳が、じりじりと俺を焼くように睨みつけていた。

 その周囲を取り巻く炎の壁はさらに高くなり、村全体を覆い尽くしていく。熱気が肌を焼き、息を吸うだけで肺が灼けるようだった。


「人の身で三度死を越えたか。なるほど……確かに雑兵にしては面白い」

 ヴァルガはゆっくりと歩を進め、口元に嗤いを浮かべる。

「だがな、死を力に変えるなど所詮は愚行。貴様はすでに人ではない」


「人かどうかはどうでもいい。俺は――守るために立ってる」

 俺は槍を構え、揺れる視界を必死に押さえ込む。

 第三段階の力が体を駆け巡るが、代償の刻印は確かに存在を主張していた。

 死ぬたびに強くなる。だが同時に、人でなくなっていく。

 それでも、退けない。


「レイン!」

 ナギサが駆け寄ろうとする。

 俺は片手を上げて制した。

「来るな。お前たちは村を守れ。ヴァルガは……俺がやる」


 その声にナギサは涙を浮かべ、唇を噛んだ。

 ミレイユも祈るように手を胸に当て、海斗は拳を握りしめて「頼む……負けるな」と呟いた。


 ヴァルガが手を振ると、炎の蛇が再び襲い掛かる。

 俺は槍を振るい、その体を裂いた。火の粉が雨のように降り注ぎ、村の屋根を焦がす。


「まだ抗うか……よかろう。ならば見せてやろう。我が力の一端を」


 ヴァルガの周囲に闇の瘴気が広がり、炎と混ざり合って禍々しい黒炎へと変貌する。

 その熱は先ほどまでの比ではなく、近づくだけで皮膚が焼けただれる。

 村人たちが悲鳴を上げ、必死に水を運ぶが、炎は水を弾くように燃え広がるだけだった。


「……これが、主の力……!」

 誰かが絶望の声を漏らした。


 俺は血を吐き、足を踏みしめる。

 槍の柄を握る手は震え、胸の刻印が灼けるように疼く。

 ――それでも、ここで退けば全てが終わる。


「ヴァルガ……お前をここで止める!」


 炎と闇が渦を巻く中、俺は叫び槍を構え直した。

 村人たちの運命を背負い、黒外套の主との初めての激突が、ついに始まろうとしていた。

ヴァルガの黒炎が大地を舐め、瞬く間に柵の一角を飲み込んだ。

 木材が爆ぜ、火の粉が夜空に散る。村人たちは悲鳴を上げて後退し、広場へと逃げ込む。


「避けろ! 火が回るぞ!」

 海斗が叫び、桶を抱えた者たちが必死に水を撒く。だが黒炎は水を拒むかのように燃え広がり、焼け焦げた匂いが村を満たした。


 俺は槍を振り払い、迫る炎を弾き飛ばす。

 だが炎の衝撃は凄まじく、手のひらに熱と痺れが残った。


「どうした、死を糧にした力はその程度か?」

 ヴァルガの声は冷たく、嘲りに満ちていた。

「その身を削り、ただ村人に恐れられる道化に成り果てるとは……哀れなものだ」


「……哀れでも、守ると決めた!」

 俺は叫び、全力で突撃した。

 槍の穂先が黒炎を切り裂き、ヴァルガの胸元を狙う。


 金属音。

 ヴァルガは指先ひとつで炎を盾に変え、槍を受け止めていた。

「悪くはない。だが雑兵の槍では、我を貫けぬ」


 力がぶつかり合い、大地が震える。

 俺の視界は揺らぎ、胸の刻印が脈打つたびに血が逆流しそうになる。

 第三段階の力――その代償が、じわじわと俺を蝕んでいた。


「レイン!」

 ナギサの声が耳に届く。

 振り返れば、彼女は必死に両手を胸に当て、震える体で俺を見つめていた。

 その瞳の奥には恐怖も不安もある。それでも俺を信じようとする光が宿っていた。


 俺は歯を食いしばり、もう一度槍を握り直す。

 まだ終われない。ここで退けば、村は滅ぶ。

 そして俺自身も、存在する意味を失う。


「ヴァルガ……必ずお前を――倒す!」


 叫びと共に再び飛び込んだ瞬間、村全体が揺れるほどの衝撃音が響き、炎と闇がぶつかり合った。

 レインとヴァルガ、両者の死闘がついに幕を開けた。


____________________

後書き


 第35話では、ヴァルガとレインの初交戦前夜を描きました。炎と闇を操るヴァルガの圧倒的な力に、村人たちは恐怖し、レインは代償を抱えながらも立ち向かう決意を固めます。

 次回は、レインとヴァルガの激突が描かれ、村全体を巻き込む死闘が始まります。

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