第34話黒外套の主

 森の奥から響いた咆哮は、村全体を震わせるほど重く低いものだった。

 まるで大地そのものが唸っているかのように、足元の石が細かく揺れる。


 見張り台に立つ村人が蒼白になって叫んだ。

「な、なんだあれは……! 今までの兵とは違う!」


 闇を裂くように姿を現したのは、漆黒の外套を纏った一人の男だった。

 他の兵たちとは比べ物にならない圧。

 長身で、フードの下から覗く瞳は赤く光り、冷たい威圧感を放っている。


「……我が兵を三度も退けるとは、雑兵にしては上出来だな」

 低い声が森を渡り、村の広場にまで響き渡った。

 それはただの言葉ではなく、心臓を直接掴まれるような重圧を伴っていた。


「お前が……黒外套を束ねる“主”か」

 俺は槍を握り締め、声を絞り出す。


 男は僅かに笑い、ゆっくりと歩み寄った。

「人間ごときが、我に名を問うか。だがいい――我が名はヴァルガ。魔王亡き後、闇を統べる者だ」


 その名を聞いた瞬間、村人たちがざわめいた。

 「魔王……の後継者……?」

 「そんなのが、この村を狙って……」


 ヴァルガは手をかざし、炎を操るように指を動かした。

 次の瞬間、森の木々が一斉に燃え上がり、赤い壁となって村を囲む。

「逃げ場はない。ここで燃え尽きろ」


「やらせない!」

 ナギサが前に飛び出すが、俺はすぐに彼女を押し戻した。

「下がれ、ナギサ。相手は今までの比じゃない」


 ミレイユも怯えながら声を張る。

「レインさん……どうすれば……」


 村人たちの顔は絶望に染まっていた。

 昨日まで兵の襲撃に怯えていた彼らにとって、この存在は“絶望そのもの”だった。


 だが――俺は一歩前に出た。

 胸の奥に刻まれた代償がまだ疼いている。第三段階の力は確かに強いが、次に死ねばどうなるかは分からない。

 それでも。


「俺が相手をする。……ここで退けば、もう立ち直れない」


 ヴァルガの赤い瞳が細められる。

「いいだろう。雑兵がどこまで抗えるか……見せてみるがいい」


 空気が張り詰め、炎が揺らめく。

 村を舞台に、ついに黒外套の主との対峙が始まろうとしていた。

 ヴァルガの歩みはゆっくりだった。だが、その一歩ごとに地面が軋み、炎の揺らぎが村全体を圧迫するように感じられた。

 村人たちは息を呑み、誰一人として声を出せない。恐怖が支配していた。


「ほう……まだ立ち向かう気概があるか」

 ヴァルガの視線が俺に突き刺さる。

 その瞬間、背筋に冷たい刃を当てられたような錯覚が走った。


「俺は……退かない」

 震える足を無理やり前へ出し、槍を構える。

 第三段階の力が体を駆け巡るが、同時に代償の刻印が胸を蝕み続けていた。

 このまま死ねば、次に何が起こるか分からない。

 だが恐怖に屈すれば、全てが終わる。


 ナギサが叫ぶ。

「レイン、無茶だよ! 一人でなんて……!」

 俺は振り返らずに答えた。

「一人じゃない。俺が前に立つ。お前たちは……生き延びろ」


 その言葉にナギサは唇を噛み、涙を堪えた。

 ミレイユは杖を強く握りしめ、必死に祈るように俺を見ていた。

 海斗は拳を握り、恐怖を滲ませながらも「……頼む、負けないでくれ」と呟いた。


 ヴァルガが腕を広げると、炎が渦を巻き、まるで生き物のように形を変えた。

 巨大な火蛇が村の柵を越え、地を這いながら俺に襲い掛かる。


「来い……!」

 俺は槍を突き出し、火蛇を貫いた。炎は弾け、赤い火の粉が空に散る。

 しかしヴァルガの瞳は嘲笑を浮かべていた。

「悪くはない。だが、力に溺れた者の末路を知るがいい」


 再び大地が揺れ、炎の壁がさらに高く燃え上がった。

 村全体が、まるで巨大な炉に閉じ込められたかのようだった。


 俺は歯を食いしばり、槍を強く握り直す。

 この一戦が、全てを決める。


____________________

後書き


 第34話では、黒外套を束ねる“主”ヴァルガが登場しました。圧倒的な威圧感を放つ彼は、村を炎で囲い込み、逃げ場を奪います。レインは代償を抱えながらも、立ち向かう決意を固めます。

 次回は、ヴァルガとの初交戦が始まり、村の命運が大きく揺さぶられます。

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