第33話代償の刻印

 炎が収まり、夜明けの光が差し始めても、村は沈黙に包まれていた。

 黒外套の死体が散らばり、煙の残り香が鼻を突く。村人たちはその場に立ち尽くし、視線は俺へと集まっていた。


 血まみれの槍を下ろした俺は、呼吸を整えようとしたが――突然、胸を締め付ける痛みに膝をついた。


「レイン!?」

 ナギサが駆け寄り、慌てて背を支える。


 脳裏を灼くような痛みが走る。

 体の奥で何かが蠢き、血管が熱を持って膨張するような感覚。

 視界が赤黒く染まり、全身に不吉な痕が浮かび上がった。


『第三段階――代償、発動』

 冷たい声が脳裏に響く。


 俺は地面に拳を叩きつけ、呻き声を上げた。

 まるで魂を削られるような感覚が全身を苛む。

 圧倒的な力を得た代わりに、その負荷が肉体と精神を蝕んでいるのが分かった。


「……やめろ……レインに触るな……」

 ダリオが矢を構えた。

「その痕……呪いだ。放っておけば村をも滅ぼす」


「やめて!」

 ミレイユが必死に叫ぶ。

「確かに恐ろしい。でも彼は私たちを救ったの! 目を逸らさないで!」


 村人たちの間に動揺が走る。

 感謝と恐怖が再びせめぎ合い、誰も決断できない。


「レインは……レインだよ!」

 ナギサは俺の手を握り、涙で濡れた顔を近づけた。

「たとえ呪いでも……ナギサは一緒にいる」


 その言葉に胸が熱くなる。

 俺は必死に呼吸を整え、浮かび上がった痕が徐々に消えていくのを感じた。

 代償は完全には消えない。確かに俺の中に刻まれた。だが今はまだ、制御できる。


 立ち上がり、俺は村人たちを見回した。

「……俺は人を守るためにこの力を使う。呪いだと思うなら、それでもいい。だが逃げる気はない」


 重苦しい沈黙。

 やがて村長オルドが杖を鳴らし、低く言った。

「……試練は続く。我らが選ぶべきは恐怖ではなく、生き残る道だ。だが、彼を見張る目もまた必要だろう」


 その言葉に誰も反論できなかった。


 遠く、森の奥から不気味な咆哮が響く。

 黒外套を束ねる“主”の影が、確実に迫っている。

 村人たちのざわめきは次第に大きくなり、恐怖と困惑が入り混じった声が飛び交う。

「やっぱり呪われてる……」

「でも、あの痕が消えたぞ……」

「いや、隠してるだけかもしれない!」


 揺れる炎に照らされるその顔は、皆どこか怯えていた。

 俺は彼らを睨み返すでもなく、ただ静かに立っていた。

 確かに痕は消えた。だが内側には冷たい痛みが残っている。まるで魂に刻印を刻まれたような違和感が。


「……見張る目が必要、か」

 自嘲するように笑った俺の言葉に、ナギサが首を横に振る。

「違う! レインは見張られるような人じゃない! ナギサが……ずっと一緒にいる!」

 彼女は必死に抱きつき、その小さな体で俺を守るように立ちはだかった。


 その姿に、ミレイユがそっと歩み寄り、言葉を添える。

「私も……信じます。恐怖に縛られて何もできないなら、滅ぶだけです。だったら、レインさんに賭けたい」


 海斗も腕を組み、低く呟いた。

「俺だって怖いさ。でも現実として、あんたがいなきゃもう二度は死んでる。なら……利用するしかない」


 ダリオは矢を握ったまま沈黙していた。

 だがその眼差しは鋭く、決して警戒を解くことはないと物語っていた。


 張り詰めた空気の中で、村長オルドが杖を鳴らす。

「決まったな。恐怖を抱えたまま進むしかない。だが忘れるな。恐怖を忘れたときこそ、破滅が訪れる」


 その声に、誰も反論できなかった。

 村は生き残るために俺を受け入れる。だが同時に、疑念と恐怖は決して消えない。


 その時、森の奥から低い咆哮が響いた。

 獣とも人ともつかぬその声は、ただの兵ではない存在の到来を告げていた。


 俺は思わず槍を握り直し、炎に照らされる森を睨んだ。

 黒外套を束ねる“主”が、ついに動き出そうとしている。


____________________

後書き


 第33話では、第三段階の力に伴う代償を描きました。圧倒的な力と引き換えに刻まれる痕と痛み。それを見た村人たちは恐怖を募らせ、レインの存在はますます危ういものとなっていきます。

 次回は、黒外套の「主」の動きが明らかになり、戦いの舞台はさらに広がります。

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