第29話闇に潜む策謀

 森の奥、血の匂いがまだ残る闇の中。

 退いたはずの黒外套の一団は、深い木立に身を潜めていた。

 焚き火もなく、ただ低い囁き声だけが響く。


「……見たか。あの人間、胸を貫かれて倒れたはずだ」

「だが立ち上がり、我らを薙ぎ払った。常人ではあり得ぬ」

「魔の加護か、禁忌の術か……」


 彼らの間に漂うのは、敗北の悔しさよりも恐怖だった。

 人族の村ごときに退いたことは恥だ。だが、あの“怪物”を見た者たちには言い訳の余地があった。


 その場に立つのは、獣の頭蓋を飾った男――黒外套の小隊を率いる指揮官だ。胸には深い傷が残り、血を止めるため布を巻いている。

「……奴は人の皮を被った異形だ。あのままでは必ず我らの障害になる」


「では、どうする」

 部下の問いに、男は低く唸った。

「数を重ねても押し切れぬ。ならば――村ごと潰す」


 ざわめきが広がる。

「村を……?」

「子どもも女も皆殺しにする気か」

「当然だ。根を断たねば芽は伸びる。あの男を恐れ、村が力を得れば我らの立場は揺らぐ」


 指揮官の声には躊躇がなかった。

 その瞳には怒りと恐怖、そして何よりも執念が燃えている。


「加えて……奴の力、我らの主に報せねばならぬ」

「主……」

 その言葉に部下たちが身を震わせ、口を閉ざした。


「明日。夜明けと同時に再び襲う。だが今度は正面だけではない。村の西に抜け道がある。火を放ち、混乱させろ。奴を分断すれば必ず隙は生まれる」


 その命令に兵たちは低く頷き、再び森の闇に溶けていった。


 ――その一方で。


 村の見張り台に立つ俺は、森を睨み続けていた。

 黒外套が完全に去ったわけではない。気配はまだ、闇の奥に潜んでいる。

 胸の傷は消えぬはずなのに、今はまるで夢のように軽い。

 だが蘇生の代償は確かにある。意識の奥底に、何か冷たいものが巣食っている感覚が消えなかった。


 袖を引くナギサの手が、その不安を僅かに和らげる。

「レイン、眠らないの?」

「……眠れない。敵はまだいる」

「ナギサも起きてる。一緒に守る」


 その瞳は純粋すぎるほど真っ直ぐで、俺は小さく頷いた。

 だが心の奥で、確かに何かが軋んでいた。


 森の闇の奥では、次の襲撃の準備が静かに進んでいる。

 そして村の中でも、俺に対する視線は分裂したままだ。

 戦いは、まだ終わらない。むしろ――これからが本番だった。


____________________

後書き


 第29話では、黒外套の側からレインを脅威と見なす描写を入れました。村を狙う新たな策と「主」の存在が示され、戦いのスケールが一段階広がります。

 次回は、村の決断と内部の亀裂が表面化し、戦いだけでなく人間関係にも大きな試練が訪れます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る