第20話命の重み

夜の村を冷たい風が吹き抜ける。

 柵の上で松明が揺れ、影が長く伸びる。俺とナギサなぎさは東門で見張りに立ち、耳を澄ましていた。


 ――森の奥から、確かに足音が響いていた。

 黒外套くろがいとうの連中が、獲物を狙う狼のようにゆっくりと距離を詰めている。


「……近い」

 ナギサの耳が震える。

 俺は槍を構え直し、火を見ている仲間に合図した。


 そこへ、最も場違いな声が飛び込んできた。

「よし、ここは俺に任せろ!」

 斎藤海斗さいとうかいとだ。松明を片手に振り回しながら、柵の前に躍り出た。


「俺は転移者! 主人公だ! ここでチートスキルが発動するはず!」


 俺とダリオが同時に声を荒げた。

「戻れ!」

「バカ野郎、音を立てるな!」


 だが海斗は聞かず、松明を高く掲げた。その炎に反応するように、森の影から黒外套が飛び出す。

 矢が放たれ、一直線に海斗の胸を狙った。


「っ――!」

 俺は咄嗟に走り、槍で矢をはたき落とした。木片が飛び散り、海斗は尻餅をついて青ざめた顔で震えていた。


「な……なんだよこれ……ゲームじゃ……ない……?」


 その表情は今までの軽薄さとは違い、恐怖と現実を叩きつけられた人間のものだった。


「立て。死にたくなければ!」

 俺は海斗の腕を掴み、柵の内側へ押し戻した。

 同時にナギサが鋭く叫ぶ。

「三! 左から三!」


 暗闇を裂くように槍を投げる。鈍い音と共に黒外套が倒れ、残りが森に退いた。

 村人たちの息が重く揺れる。


「……今のは、警告だろう」

 ダリオが低く言った。

「奴らはまだ本気じゃない。だが次は……」


 俺は頷き、震える海斗を見た。

 彼は土に手をつき、荒い呼吸を繰り返していた。

 視線は泳ぎ、声は掠れている。

「し、死ぬ……俺、死にかけた……こんなの、聞いてない……」


 ナギサが俺の袖を引っ張り、小さく囁いた。

「レイン、あれ……守る?」

「ああ。……村にいる以上、見捨てるわけにはいかない」


 俺はそう答え、胸の奥に重いものを感じていた。

 海斗の愚かさに苛立ちを覚えつつも、彼が見せた恐怖は紛れもなく本物だった。

 この世界が“死と隣り合わせ”であることを、ようやく理解し始めたのだろう。


 ――夜の静寂が戻った。

 だがその静けさは決して安堵ではなく、嵐の前の緊張にすぎなかった。


____________________

後書き


 第20話では、黒外套の小規模な襲撃が描かれました。海斗は初めて本当の死の恐怖に直面し、ただの勘違いではいられない現実を知ります。

 次回は第21話、第2章の幕開け。村を取り巻く状況がさらに動き、レインとナギサ、そして海斗の立ち位置が大きく揺らいでいきます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る