第13話揺れる信頼

 森の狼を退けた翌日、村には安堵よりもざわめきが満ちていた。

 柵の修復をしながらも、村人たちは俺を盗み見る。その眼差しは昨日よりも露骨で、感謝よりも恐怖が勝っていた。


「二度も……死にかけて、なお立ち上がった」

「いや、あれは死んでいたはずだ」

「人じゃない……」


 囁きが耳に突き刺さる。

 否定できない。自分でも知っている。俺はすでに普通の人間ではない。


 その時、村の中央で声が響いた。

「レイン!」


 振り返ると、冒険者ダリオだりおが立っていた。

 鋭い視線が俺を貫き、周囲の空気を一瞬で緊張させる。


「昨日の戦いを見た。お前は確かに強い。だがそれは人の領分を越えている。……答えろ、お前は何者だ?」


 沈黙が落ちる。

 村人たちも作業を止め、耳を澄ませていた。


「俺は……ただの流れ者だ」


 答える声は自分でも驚くほど硬かった。

 しかしダリオは鼻で笑う。


「流れ者? 笑わせるな。俺は冒険者だ、数多の強者を見てきた。だが死んでなお立ち上がる者など一人もいない。……それは人の在り方ではない」


 村人の中から不安げな声が漏れる。

「やっぱり……」

「魔物の力じゃ……」


「違う!」


 その声を張り上げたのはミレイユみれいゆだった。

 人垣を割って俺の隣に立ち、緑の瞳で皆を睨む。


「レインは人よ! 誰よりも村を守ってくれた。疑うなら、私が保証する!」


 その叫びは真っ直ぐで、胸に刺さる。

 だが同時に痛みも伴った。

 彼女は俺を信じたい。けれど見たものを否定できないからこそ、声を張り上げている。


 オルドが杖を突き、前に出る。

「静まれ。真実はともかく、この村を守ったのは事実だ。それ以上を詮索すれば、感謝すら忘れることになる」


 老人の言葉にざわめきは収まった。だが消えたわけではない。

 村人の眼差しは疑念を抱いたまま、俺に注がれ続けていた。


 その夜。

 藁床に横たわりながら、俺は天井を見つめていた。

 守るたびに信頼が揺らぎ、救うたびに孤立が深まる。

 この力は、救いと同時に呪いだ。


「……いずれ、必ず暴かれる」


 吐き出した声は夜に溶けた。

 その時、外から急ぎ足の気配が近づき、扉が叩かれる。


「レイン! 森でまた異変が!」


 緊張が再び走る。

 俺は槍を掴み、闇の中へ踏み出した。


____________________

後書き


 今回はダリオの強い追及と、村人たちの揺れる心情を描きました。

 ミレイユの叫びは主人公を守るものの、疑念そのものを消し去ることはできず、彼の立場はますます危うくなっています。

 次回は森の新たな異変が彼らに襲いかかり、さらに真実へ近づく展開となります。

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