第12話森より迫る影

 夜空を震わせた咆哮は、村人たちの心を一瞬で凍りつかせた。

 松明を掲げた見張りが走り込み、叫ぶ。


「森の方角から影が……! 複数の目が光っている!」


 ざわめきが広がり、子供たちが泣き声を上げる。母親たちは必死に抱き寄せ、男たちは震える手で槍を構えた。


 俺もすぐに飛び出す。

 死で強化されたこの身体は、人より速く動ける。だが人並み以上の力を見せるたび、疑念は深まる。

 それでも――守らなければならない。


 柵の外に立つと、月光に浮かび上がる黒い影が目に入った。

 狼だ。しかし普通の森狼ではない。群れを率いる大狼おおかみが先頭に立ち、その瞳は血のように赤い。


「数が多い……!」

「柵を破られるぞ!」


 恐慌寸前の声。村人だけでは持ちこたえられない。

 そこへダリオたち冒険者が駆け寄る。剣を抜き、矢を番え、俺を見やった。


「……お前も来い。ここで逃げれば、疑いは確信に変わるぞ」


 挑発とも忠告ともつかぬ声。

 俺は無言で頷き、槍を構えた。


 群れが雪崩れ込む。

 先頭の狼を槍で貫き、振り払う。だが次々に飛びかかってくる。

 牙が腕に食い込み、血が流れる。

 痛みを堪え、拳を叩き込む。骨が砕け、狼が地に転がった。


 ダリオは素早く仲間に指示を飛ばし、隊列を組んで応戦している。

 彼の剣は正確で、確かに熟練の動きだった。だが群れの勢いを完全に止めるには足りない。


「レイン兄ちゃん!」

 ロウの声が柵の向こうから聞こえた。

 子供を守るため、ここで退くわけにはいかない。


「……死んでも守る!」


 胸の奥で決意を叫び、群れの只中へ踏み込む。

 牙が肩を裂き、視界が揺れる。

 意識が闇に沈もうとした瞬間――


『スキル:死者強化デスブースト 発動』


 全身に雷のような力が駆け巡る。

 倒れ込んだ身体が再び立ち上がり、ステータスの数値が跳ね上がる。


――――――――――

レベル:15 → 18

筋力:150 → 180

敏捷:115 → 150

耐久:160 → 190

――――――――――


 握った槍が光を帯びるかのように軽くなる。

 一薙ぎで三匹の狼を吹き飛ばし、もう一撃で大狼の顎を砕く。

 群れは恐怖に駆られ、森の奥へ退いていった。


 静寂が訪れる。

 血に濡れた地面、荒い息。

 村人は歓声を上げたが、その目に宿るのは感謝だけではない。――畏怖だ。


「また……死んだのか?」

 誰かが震える声で呟いた。


 ダリオが剣を収め、じっと俺を見据える。

 その瞳には確信めいた光が宿っていた。


「やはり……お前は何かを隠している」


 ミレイユが駆け寄り、必死に首を振る。

「違う! レインは村を守ったの! それだけで十分よ!」


 だが彼女の声も揺れていた。

 信じたい。けれど見たものは否定できない。

 俺は笑みを作ろうとしたが、血に濡れた唇は震えるばかりだった。


____________________

後書き


 今回は森から現れた狼の群れとの戦いを描きました。

 主人公は再び“死”を経て強化され、村を救うものの、その姿は村人と冒険者の恐怖を深める結果となります。

 次回は、ダリオの疑念がついに言葉となってぶつけられ、村の中での主人公の立場が大きく揺さぶられていきます。

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