第11話暴かれる影

 森から戻って二日が過ぎた。

 巨猿の死骸は森深くに処理され、村の畑に再び人の声が戻っている。だが空気は決して晴れてはいなかった。

 理由は明白だ。――俺の存在だ。


 村人たちは表向き感謝を口にする。だがその背後には、冷たい囁きが潜んでいる。

「一人で巨猿を倒すなど人間じゃない」

「流れ者を受け入れたのは間違いだったのでは」

「けどロウや母子を救ったのもあの男だ」

 感謝と恐怖がせめぎ合い、村全体を落ち着かない影で覆っていた。


 そしてもう一つ、俺の胸を重くしている存在がいる。

 ――冒険者のダリオだりお


 焚き火の前に腰を下ろし、鋭い瞳でこちらを射抜いてくる。仲間と談笑しているように見えても、意識の半分は常に俺を計っているのがわかる。


「レイン」


 低く名を呼ばれる。

 振り返った俺に、ダリオはわずかに笑みを浮かべた。


「この村ではお前が英雄らしいな。だが……俺は納得できん」


「何が言いたい」


「流れ者を名乗る男が、巨猿や大猪をものともせずに討ち果たす。そんな話、聞いたことがあるか?」


 焚き火の赤がダリオの横顔を照らす。

 彼の仲間も黙り込み、ただ耳を傾けていた。


「俺はただ、運が良かっただけだ」

 そう答えたが、ダリオの目は冷たい。


「運だけで獣の突進を止められるか? 剣を握って十年の俺ですら、一撃で仕留めるなど不可能だ。……だからこそ気になる。お前は何者だ?」


 空気が重くなる。

 村人たちも作業の手を止め、会話に耳を傾けていた。

 俺は答えられなかった。正体を明かせば、この村から追われるだけだ。


「やめて!」


 沈黙を破ったのは、ミレイユみれいゆだった。

 栗色の髪を揺らし、真っ直ぐに俺の前に立つ。


「彼は村を救ってくれたのよ! ロウを助け、巨猿を退けた。これ以上何を求めるの?」


「真実だ」

 ダリオの声は揺るがない。


 ミレイユの顔が強張る。その瞳には揺らぎがある。――信じたい。けれど彼女の心のどこかにも、答えの出せない不安が巣食っているのを、俺は感じ取ってしまった。


 村長オルドおるどがゆっくりと立ち上がる。

 灰色の髭を撫で、静かな声を響かせた。


「ダリオ殿。ここは村だ。外の掟を振りかざす前に、この土地の掟に従ってもらう。村を乱すなら歓迎はできん」


 言葉は穏やかだが、そこには威圧があった。

 ダリオは一瞬眉を動かし、そして小さく舌打ちをした。


「……なるほど。だが覚えておけ、真実はいつか暴かれる」


 そう言い残し、彼は背を向けた。焚き火の炎に揺れるその背中は、執念を宿しているように見えた。


 夜。

 藁床に横たわっても、眠りは訪れなかった。

 村人の囁き、ダリオの疑念、ミレイユの揺れる瞳――すべてが胸にのしかかる。


「俺は……どこまで隠し通せる」


 その時、森の奥から低い咆哮が響いた。

 柵の見張りが慌てた声を上げる。


「まただ! 森に獣の気配!」


 全身が強張る。

 まだ終わってはいなかった。

 疑念に揺れる村の中で、新たな脅威が影を伸ばしていた。


____________________

後書き


 今回はダリオの強い追及と、村人の不安、そして主人公の孤立を描きました。

 感謝と恐怖がせめぎ合い、彼の立場は一層不安定に。

 次回は森から現れる新たな脅威をきっかけに、さらに真実へと近づいていく展開となります。

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