第3話 黒き抽選機、アサルトライフル

 眠っている――そう思った。

 だが、すぐに違和感に気づく。


 夢ではない。

 理屈などないが、はっきりとわかる。

 意識が、どこかへと呼び寄せられている。


 ――《無限抽選〈インフィニット・ガチャ〉》。


 感情の欠片もない無機質な声が響く。まるで冷え切った取扱説明書を、無理やり耳元で読まされているようだった。


『君に理解してもらうために、説明を始めます。この《インフィニット・ガチャ》は、経験値を代価として回すことができます。

 回すごとにガチャ自体のレベルが上がり、より高位の報酬が解放されます。

 自分の成長を優先するか、ガチャの成長を優先するか――判断は君に委ねられます。

 まずは特別に十回。君が死んでは困るので、ワンランク上の設定にしておきました。……説明は以上。後は手探りで理解してください』


 声が途切れる。

 直後、闇の中に現れたのは――十二歳の少年ほどの背丈。黒光りする異様な機械。異世界にあるはずもない、禍々しくも美しい“ガチャ”だった。


「……これを回せってことか?」


 喉がひりつくほどに乾く。

 心臓はいやでも早鐘を打ち、手のひらが汗でぬめった。


 病室での十八年――発作が起こるたびに死を突きつけられた記憶が蘇る。

 そして奴隷として買われた今、剣を握り、魔獣に挑まねばならぬ現実。

 どちらも地獄だ。

 だからこそ、せめて――。


「剣でも、魔法でもいい……役に立つものを……!」


 願いは祈りに変わり、祈りは恐怖に変わる。

 “もし剣のキーホルダーなんか出たら、俺はどうすればいい?”

 自分で笑えるほどに、不安は底なしだった。


 それでも――カイはガチャを回した。


 ――轟音。

 ――閃光。

 黒き抽選機は、世界の法則を食い破るかのように唸りをあげた。


 目の前に浮かぶリスト。



【結果】

• Eランク 体力〈HP〉+10、敏捷+10

• Eランク 防御+10、魔力+15

• Eランク 状態異常抵抗〈弱〉

  • Dランク 幻影盾(ファントム・シールド)

魔力を消費して、半透明の盾を複数展開。

• Cランク スキル譲渡(※命さえ譲れる禁忌の術。本来は王族の身代わりにのみ用いられる)

• Cランク アサルトライフル〈M4カービン〉

 ――地球での記憶が具現化した。銃の反動すら、ゲームのコントローラから伝わる錯覚のようにわかる。弾倉ひとつ撃ち切るごとに、魔力十五を消費。

• Bランク 鑑定士〈ジョブ〉



「……っ」


 言葉が出なかった。

 異様な武器。ありえぬスキル。常識を越えた“異物”が、次々と掌に押し付けられていく。


アサルトライフル〈M4カービン〉――サバゲーでよく目にする、あの黒い獣。

まさか、この異界にまで顔を出すとはな。


反動は驚くほど軽い。俺の腕でも制御できる。

もし本当に手に入れられるなら、それだけで心が落ち着く。


……欲しいと願ったものほど、形を得やすいのか。

そんな法則に、俺はうっすらと気づきはじめていた。


 黒き抽選機は、まだそこに鎮座している。

 まるで「ここからが始まりだ」とでも告げるように。


 カイは悟った。

 これは祝福ではない。

 呪いだ。

 だが同時に――どんな神話よりも強大な力を秘めた扉でもある。


 そして、少年の運命は確かに回りはじめていた。

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