今夜、夢で逢いましょう

にとらかぼちゃ

鐘1つ目


“まきこちゃんはしんぢゃった”


“おとしたサンゴのリボンをさがしにいって”


“くらいよみちをひとりであるいた”


“まきこちゃんはしんぢゃった”


“がいこくじんにころされちゃった”


“ばらばらにされてしんぢゃった”


“おててはみちのはぢっこに”


“からだはじゃんぐるじむのなか”


“あんよはおしいれ”


“おかおはどこかわからない”


“まきこちゃんはしんぢゃった”


“まきこちゃんはあそびにくるよ”


“あなたのゆめにあそびにくるよ”


“あそびにきたらさがしてあげて”


“あそびにきたらみつけてあげて”



業間の休みに私は友達3人と話していた。目の前にいるのはトオル、この中学の陸上部でかなり足が速いらしい。私はよくわからないが、高校にはインターハイに出るとか出ないとか。そのスポーツマンぷりとは裏腹に今目の前で彼は顔面蒼白である。

理由は私の隣の席で座っているルイが怖い話お披露目中なのだ。中高生にはよくある怖い話で盛り上がるアレである。ルイは背が低くカワイイ顔の割にこの手の話が大好きな文学少女だ。いわゆるオタクな女の子であるが、一般的なアニメや漫画よりもどちらかと言うとホラーやオカルトに傾倒している。

私は、自分で言うのも悲しいが、何も特徴がない。これと言って得意なこともなく、背が高いわけでもない上、鏡を見て美人だと思いこむことも難しい顔だと我ながら感じている。

私達3人は元々同じ小学校で同じクラス、そして中学でまたも同じクラスと言う腐れ縁ぶりだが、小学校の時はそれほど仲がいいというわけではなかった。この春、中学に入り同じクラスになり、ちょこちょこと話すようになった。

今も「こんな話を知っているか?」と言うことでルイ嬢が私達2人に向けて“まきこちゃんは”と言う話をしているのだった。

何やらまきこちゃんは、小学3年生の時にお気に入りのリボンを探している時に、外国人に誘拐されて殺されてしまい、後日、犯人の自供により、バラバラに違う場所で見つかったんだそうな。しかし、頭だけは、最後まで見つからなかったとのこと。

ルイいわく、そのまきこちゃんの怨念が霊になって夜な夜な聞いた人の夢に出てくるようになったのだとか。

そして、夢の中でまきこちゃんに出会ったら、まきこちゃんのお願いを聞かないと夢の中から永久に出られない。つまりは、死んでしまうということらしかった。

この手の話はよく聞いた事があるので、違うパターンのものだなという感想しか無かったが、目の前のトオルはどうやらこの手の話に慣れてないらしく、さっきから表情が穏やかでない。話しているルイは、憎たらしいくらい嬉しそうに喋っている。

「おいおい、やめてくれよ。この話を聞いた人はって、ことは、聞かなきゃよかったんだよな。うわぁ何で話したんだよ」

オイオイ、こんなので、よく怖がれるな、と思う私も、これに類似した話を初めて聞いた時は、その晩は中々寝られなかったのを思い出した。確か、その話ではその子の嫌いなトマトを枕元に置いておけばよいとのことだったので、冷蔵庫からミニトマトを一つ拝借して枕元に置いたのだった。我ながらカワイイものだ。

「ふふふ、もう遅いわね。聞いてしまったもの。もし夢に出てきた時のために続きを聞いておかないと後悔するよ?」

「っんだよ。もうっ。わかったよ。とっとと話せよ!」

「よろしい。」

ルイは眼鏡をクイッと上げて、少し俯き更にトオルを怖がらせるように喋り始めた。当の私は、聞いたことのある類の話であるので、少しだけ興味から遠ざかり話を聞いてるフリで外の景色をぼんやりと眺めた。ルイの方もトオルの反応に気が行っているらしく、彼を怖がらせるのに夢中だった。それからの話はなんとなくしか覚えていないが、確か、まきこちゃんが夢の中に出てきたらその中で、隠された身体の全てを見つけ、それを持って、ある場所へ行き、最後に頭を探し出さなければならないらしい、それをまきこちゃんに返して「おかえりなさい」と言ってあげると生きて帰れるのだとか。

しかし、何かもう一つやらなければならないことがあるらしいのだが、それをルイはど忘れしたということでオチがついた。


そんな話をして、その日は普通に授業が終わり家に帰った。今晩は両親とも仕事が遅くなるらしく、料理を作れるでもない私は両親からもらったお金でデリバリーでお弁当を注文して2つ下の弟のヨウジと食べた。

2人とも唐揚げ弁当とサラダ、インスタントのお味噌汁と言う何とも家庭味のないテーブルだった。私がもう少しで最後の唐揚げを食べようとした時、


「オネェちゃん知ってる?」と話し始めた。何と、昼間に聞いた“まきこちゃん”の話だった。今小中学生の年代で流行っているのだろうか。ちょうど今日その話を聞いたことを伝え、私は信じないからとっとと食べたらお風呂に入って寝る準備でもしなさいと言った後、ヨウジが真剣な顔で言った。


「この話、実話なんだって。それでね、」


ヨウジのそのあまりに真剣な顔に昼間のトオルの怖がりようが重なり、私は少し笑ってしまった。


「あはは、何?アンタそんなの信じてんの?大丈夫、大丈夫。実話系の話は大体眉唾よ。少女がバラバラになったんなら、ニュースになってるし、そうだとしても、それを元にした創作に決まってるじゃない。お話にしてはあまりにひねりがなくて既視感あるわよね。」


ヨウジの何か言いたげな表情を制止して、私はお風呂に入り、寝る準備をして、布団の中に入った。寝る間際までソワソワしていたヨウジを見て、今晩は同室で寝てあげようと思ったくらいだ。


そして、その晩、そんな事を思っていた私の長い夢が始まった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


私は真っ暗な空間にいた。

あまりにリアリティのある感覚に夢だと認識するまでかなりの時間がかかった。「所詮夢だ」と思うにはあまりに起きている時と感覚が同じなのだ。私は必死に何処かに出口はないかと探すが、周りが真っ暗なのと、上下や左右の感覚がないのとで移動出来てるのかもわからない。

「これ、夢だよね?」

その時、背中から声が聞こえた。私は突然の声にびっくりして飛び上がりそうになった。ゆっくりと振り返るとそこには何とルイがいた。それは、昼間に会っているルイと変わらなかった。小柄で丸メガネのショートヘアのカワイイ女の子。

「ルイなの?」

「あはぁ、ごめんね。これ、本物のやつだったみたい」

ルイは、少し泣きそうな顔になりながら手を目の前で合わせた。

「これ、あまりにリアリティのある夢じゃない?」

「うん、そうだよね。私も本物の話はしないつもりだったんだけど、まさか、この話ホントだとはなぁ。」

「でも、何で2人で会うことになったの?」

「わからない、話した私だっておどろいてるんだもん」

取り敢えず立ち止まっていても仕方がないので、2人で出口を探そうと言うことになり、恐る恐る歩き出した。ルイは、私の腕を掴んで離さないので正直、夢の中でも歩きにくい。

「おいっマヨ、ルイっ」

目の前から背の高い男の子が一人とそれよりも頭一つ分低い男の子が暗闇の中から現れた。真っ暗だが人の姿はハッキリ見える。それは、トオルと私の弟のヨウジであった。

「え、あんたたちもなの?」

「何が何だかわからないよ。宿題終わって朝練あるからって、早めに寝たらここんなんだもん。これ、夢なのか?」

「私たちだってわからないよ。ルイどうなの?これ、あんたが話してた“まきこちゃん”に関係あるの?」

「えぇ?そんなのかな。私話するのは好きだけど体験するのは駄目なのよ。でも、3人に共通してるのはそういうことだよね。でも、何でヨウジくんが。」

「そういや、ヨウジ、あんたも晩に“まきこちゃん”の話ししてたわよね?」

3人はヨウジを見た。ヨウジは何処か諦めたような顔をして言った。

「うん、だから、この話は本物だよって言ったよね。この話は近しい間柄の人が4人になると何故か同じ夢が始まるんだってもっぱらの噂だったんだよ。」

「でも、それなら、話して聞かされてがあるんだから辻褄合わないわよ?」

「多分、波長、じゃないかしら」

「波長?」

ルイが、推測するには話を知っている者の中で親しさを満たす条件が揃い、お互いの波長があったもの4人が揃った時に同じ夢の中に召喚されて夢が始まるのではないか、と言うことだった。何とも納得はしずらかったが、現に、夢であるけど、現にこうして夢の中で私たちは出会ってしまっている。夢と言うにはあまりにも思考が的確で、相手の反応も夢の中のものとは到底思えない。要するに現実の夢の中という感じなのだ。

「わかったわ。なら、まぁそういうことにしましょう。2人もそれでいいわね?」

トオルとヨウジは小さく頷いた。

「でもよ、これどうやって出るんだ?このままだと4人ともここから出れないぞ?朝が来るまでったって夢の中なら時間の感覚もわからないし」 

トオルは頭をかきながら制服の第一ボタンを外した。夢の中ではみんな制服やいつも着ている服だった。私の制服も明日の朝にでも直そうとしていた袖のボタンが取れかけたままだったので、再現度が非常に高かった。

暗闇をこれ以上歩いても意味は無さそうで、私たちは途方に暮れた。ルイは疲れたのか何処か上下かわからない暗闇の床にぺたんとお尻をつけて座った。体育座りだったので下着が見えそうで注意をしようと思ったが、男2人はそれに気づくことなく、出口はないかと辺りを探していた。

すると、トオルが目の前に何かを見つけ、そこに当たる感触を感じたようでそこをバンバンと叩き始めた。

「おい、これここになんかあるぞ」

私たちは、それを聞いて3人ともトオルの方へと近づいた。確かにトオルの叩いているものに触ると何かあるようだった。ゆっくりと触っていたヨウジがその壁のような物体の右側の真ん中に突起があるようなものを見つけた。

「ねぇこれ、ドアじゃないかな?ここドアノブみたいだよ」

暗闇の中、ヨウジの触っているものを触ると確かに丸い鉄の感触があった。ソレを触ってから全体を確かめると確かにドアほどの大きさの板が直立しているように感じられた。

「これ開くかな?」

最後に確認したルイがみんなに聞いた。トオルがルイと変わり、ドアノブをガチャガチャと回した。

「普通のドアノブみたいだな。よし開くしかないか。」

「でも、どこに出るかわからないよ?」

「ここにいたって仕方ないじゃないか。やれることやってくしかないだろう。」

昼間の怖がり方とはまるで別人である。

「あんたこういうのダメなんじゃないの?」

「あ?あぁ、俺怖い話は苦手なんだけどさ、なんか現実感が出てきたらそうでもないんだよな。話は聞いてるだけで、こっちからなんにも出来ないから嫌なんだけど、身体が動くならそうでもないんだ」

「そんなもんなの?」

「まぁいいじゃないか、取り敢えず開けるぞ。」

トオルはドアノブを回し、手前に引いた。私たちは、暗闇の中からその向こうを覗き込んだ。暗いがここよりは幾分何があるのかハッキリと見える。どうやら何処かの街の中のようだ。暗闇ではあるが、街灯が所々付いているらしく、塀や民家が目に入ってきた。トオルはためらうことなく扉の向こうへ出ていってしまったので、私たちは、仕方なくついて出ることにした。

扉の外は見たことのない街だった。家々の明かりは付いている所はなく、ひっそりと静まり返っている。人の気配はどこにもないので、廃街に来たような気持ちだった。しかし、地面の感触や他のものは実際にあるように再現されている。もはや夢であるということを忘れてしまいそうだった。

その時、突然ひとりでに扉が閉まった。ヨウジが慌てて扉のノブに手をかけたが、どうやら鍵がかかったらしく開けることが出来ないようだった。道の真ん中に扉がポツリと立っている様子だけがまだ私達に夢だとわからせてくれている。しかし、その扉も閉まった後にゆっくりと透明になり闇に溶け込むように消えてなくなってしまった。

「扉、消えちゃった。」

ヨウジは扉が消え始めると少し離れ、4人はその様子を呆然と見ているしか無かったが、あのまま暗闇にいても仕方がないと言ったトオルの意見は正しかったのかも知れない。

「何か来る」

何故なら消えた扉の向こうから、何やら一つの黒い影がこちらにゆっくりと近づいてくる。どうやら人のようだが、少し距離があるのと薄暗いのでどんな人物だかはわからない。ルイとヨウジが私にしがみつき、私はトオルの制服の真ん中あたりをギュッとつかんでいた。

「おい、お前誰だ!?」

トオルが叫んだが黒い人影は速度を変えずにこちらに向かってくる。不穏な空気に3人とも足が竦んでしまって固まっていたが、トオルは今にも飛びかかりそうに身構えている。

途中でその影は足を止めた。街灯下にいるが形は見えない。しかし、影は止まると肩を揺するように不気味に笑い始めた。


「ケケケ、あのね、お願いがあるの」


一層私の身体は硬直した。声がこもっているのかマイクでエフェクトをかけてロウとハイを混ぜたような加工された声に聞こえる。口から出ているというよりも身体から発声されているような感じだ。


「私の身体が、なくなっちゃったの。ケケケ、お願いだから探して見つけてほしいの。見つけてくれたら取りにいくよ。全部見つけたら帰してあげる。鐘が4つ鳴るまでに見つからなかったら、ずっと私とあそびましょう。ケケケ」


その時、ゴーンというお寺の鐘のような音が一つなった。余韻が鈍く響いている。


“おててはみちのはじっこに”


“からだはじゃんぐるじむのなか”


“あんよはおしいれ”


“おかおはどこかわからない”


そう歌い終わると影も、私たちの目の前から消えてしまった。


残る鐘は、あと3つ。

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