J-2 「ジャパントピックス 7月26日放送回」
客席、拍手
司会者「みなさま、こんばんは。ジャパントピックス、略して」
客席「ジャパトピー!」
司会者「今回取り上げる、今、日本でおすすめのトピックがこちら!」
モニターに『真夏の夜の悪夢』の文字
司会者「暑い季節を涼しくします。今日は『真夏の夜の悪夢』です。Aさんは悪夢を見ますか?」
パネラーA「見ると思いますよ。よくは覚えてはいないですけどね」
司会者「Bさんはどうですか?」
パネラーB「私、それこそ昨日見ましたよ。もう、怖くて怖くて、『夢の欠片』もすぐゴミ箱に捨てちゃいました」
パネラーA「DDAを使えば、自分の好きな夢を見られるんじゃなかったんですか?」
司会者「おっと、Aさん。それは野暮な質問ですよ」
メイプル「私の出番が無くなっちゃうじゃない。野暮な男ね」
司会者「Aさんのせいで、呼ぶ前から、メイプルちゃんが出て来ちゃったじゃないですか!」
客席、笑い
司会者「さて。改めまして。本日のテーマ『真夏の夜の悪夢』について。教えてー」
客席「メイプルちゃーん」
モニターにCG「メイプル」の姿。
ずり落ちそうな博士帽を直すポーズ。
メイプル「しょうがないわね。愚鈍な貴方達にも理解できるように教えてあげるわね。『真夏の夜の悪夢』っていうのはね……」
モニターに『真夏の夜の悪夢』の文字
溶けていき、赤い固まりになる
次第にそれが人の顔になった
司会者「『真夏の夜の悪夢』とは今、DDAユーザーを苦しませる、謎の男について、です」
パネラーA「DDAを持っている人にしか有益ではない情報じゃないですか!」
司会者「そうは言いますけど、Aさん。今、国内のDDAの出荷台数をご存知ですか?」
パネラーA「5万くらい?」
司会者「公式発表によると、今年5月時点で全てのモデルを合わせて、270万台だそうです!」
パネラーA「そんなにっ!」
司会者「日本国民の2%が所持していますね。その中には当然、複数台所持している人もいます。ね、Bさん?」
パネラーB「はい! 私、2台持ってまーす!」
パネラーA「何に使うんですか?」
パネラーB「え? 来客用?」
パネラーA「2人で並んで寝るんですか?」
パネラーB「そうですね。お互いにログを干渉させたりすると、見る夢にリンクする部分も多くて、面白いですよ」
司会者「そう! まさにそこなんです。今回はそのログのせいで、今、多くのDDAユーザーが恐怖体験をしてしまう、という話です。メイプルちゃん、続きをお願いします」
メイプル「もういいのね? 暇すぎて、悪夢を見ちゃうかと思ったわ」
客席、笑い
メイプル「DDAは他人がネット上に放流したログの影響を受ける設定があるのね。そうする事で、自分の無意識下にあるはずの夢が、予測不可能な展開を見せたりする」
司会者「5月にやったDDA回がまさにそれでした。『ユメアイ』について」
メイプル「そうね。それはそれで楽しいものよ。でもね」
モニターの中のメイプルにかぶって
老いた男の顔
メイプル「ログの影響を受けない設定にしているにも関わらず、この顔をした謎の男が夢の中に現れる事件が頻発しているの」
客席、どよめき
メイプル「そしてその男が夢の中に現れた人間は、夢の中で暴行を受けた後、殺されてしまうの」
客席、悲鳴
パネラーA「大事件じゃないですか! そんな事が実際にあるなら警察に任せましょう。──こんな番組じゃなくて」
客席、笑い
司会者「ところがですね」
メイプル「夢の中で殺されても、現実だと自然死としか見えないのよ」
モニターに夢の中という文字
人物モデルが立っている
ナイフが刺さって死んでしまう
現実世界という文字
心停止、老衰で亡くなるモデル
司会者「そうなんです。DDA使用中に謎の男によって殺害されてしまった被害者は、その後、現実世界において、不意の心停止や老衰として死亡してしまうのです!」
客席、どよめき
パネラーA「……それ、因果関係あります?」
司会者「実際の因果関係は不明ですが、そう、もっぱらの噂です」
メイプル「ここで、一つ興味深いデータがあるわ。確かに因果関係は不明だけど、今、ネットで話題になっている事件よ」
モニターに『赤い部屋の夢』の文字
メイプル「今年の3月、DDAユーザーの若者が、夢のログをネット上に公開したの。その夢は、ただ赤い部屋で老人に追いかけられるというシンプルなもの。本人は『怖かった』と言ってすぐログを削除したんだけど……」
パネラーA「そのログに何か意味が?」
メイプル「そのログを見た、もしくはログの影響を受ける設定にしていたユーザーの、少なくとも5人が、心不全で急死しているの。いずれもログを閲覧したこと以外に接点のない、健康な20代のユーザーよ。公式発表だから間違いないわ」
客席、どよめき
パネラーA「えっ、影響を受ける設定にしただけでも?」
メイプル「そう。問題はそのログ自体に、老人の顔のデータが何らかの形で埋め込まれていたんじゃないか、という噂ね。DDAのシステム的なバグを突いた、悪質なハックかもしれない」
司会者「なるほど! つまり『真夏の夜の悪夢』を見るきっかけになる、『呪われた夢のログ』が存在するかもしれない、というわけですね!」
パネラーB「それ嘘ですよ」
客席、どよめく
司会者「おや。Bさん。どうしてそう言い切れるんですか?」
パネラーB「だって──」
メイプル「その老人に会った、とか?」
客席、悲鳴
パネラーB「メイプルちゃん! なんで先言うんですか!」
客席、笑い
メイプル「その、断言する言い方。それに、番組の冒頭で悪夢を見たって言ってたでしょ。簡単な推理よ」
司会者「さすが人工知能!」
パネラーA「メイプルちゃんの事はいいんですよ。私は早くBさんの話が聞きたいです」
パネラーB「えっとー。メイプルちゃんの推理通り、昨日見た悪夢っていうのが、そのお爺さんが出て来た夢なんです」
客席、どよめき
パネラーA「それでどんな……」
司会者「Aさん」
パネラーA「なんですか?」
司会者「AさんAさん」
パネラーA「少し静かにしてください」
司会者「では、モニターをご覧ください!」
モニターに文字
『昨晩、Bさんが見た夢とは!?』
パネラーA「……仕込み?」
客席、笑い
パネラーB「御免なさい」
メイプル「Bさんが昨日、悪夢を見たのは本当よ。収録前にログをもらったから。その後すぐ、番組の構成を変えたスタッフが頭おかしいのよ」
司会者「メイプルちゃん! どっちの味方?」
客席、笑い
司会者「それでは昨日、Bさんが見た悪夢の内容とは……」
パネラーB「続きはCMの後で!」
メイプル「後半に続く」
*
CM
*
客席、拍手
司会者「それではCM明けです。Bさんが見た悪夢について。メイプルちゃん。お願いします」
メイプル「わかったわ。しょうがないわね。愚鈍な貴方達にわかりやすく教えてあげるわ。
昨晩、Bさんが見た夢は──
Bさんはいつものように、恋人と過ごしていました。人気芸能人である彼氏は、今日はサングラスもマスクも付けていません。腕を組んで歩く2人を、すれ違う人達が驚愕と羨望の眼差しで振り返ります。優越感に浸ったまま、Bさんと彼氏はボーリングデートを楽しみます。
遊戯も終わり、今度は食事をどこで取ろうかと、中華街へと向かいました。彼氏が「町中華がいい」と言います。Bさんは躊躇しましたが、超人気アイドルである(ピー)さんは気軽に中華さえ食べられない身分です。「構わないよ」そう言って、Bさんは腕を組んだ彼氏へと顔を向けました。
ところが。
腕を組んでいた彼氏は(ピー)さんではありませんでした。醜い猿のような老人です」
客席、悲鳴
メイプル「Bさんは驚いて腕を振り解きました。老人はニタニタと笑いながらBさんの手首を掴みます。そしてそのまま。
Bさんの手首をちぎりました」
客席、悲鳴
メイプル「痛みと恐怖で声も出せず、Bさんはその場でうずくまりました。老人はゆっくりと歩いて近づくと、今度はBさんの頭を掴み、その耳元で囁きました。『また、お呼びしますね』」
突如モニターが真っ赤に
客席、悲鳴
メイプル「そこでBさんは目を覚ましました」
司会者「すっごい悪夢ですね。振り返ってみてどうですか、Bさん」
パネラーB「いやー。こうやって客観的に見ると、大して怖くないですねー」
客席、笑い
パネラーA「それで、どこか異変とかは無いんですか?」
パネラーB「いたって健康です。今日もお弁当を2ついただきました」
客席、笑い
パネラーA「ほら見なさい。やっぱりデマだ」
客席、笑い
司会者「いやいやいや」
メイプル「そうよ。この話が真に怖いのは──」
*
モニターが真っ黒に染まる
ゆっくりと文字が浮かび上がる
『以上の収録は、7月15日の物です』
*
画面がホワイトアウトする
司会者とパネラーAが映る
神妙な顔つきの司会者のアップ
司会者「ここからが7月26日放映分です。収録は7月22日です」
メイプル「皆様ご存知でしょうが、今月19日。レギュラーだったBさんが逝去されました。事件性はなく、心不全との事です」
司会者「出演者、スタッフ一同、心よりご冥福をお祈りします」
メイプル「この放送はお蔵入りになる予定でしたが、旬のトピックスをリアルにお届けする、というコンセプトに則り、一週間遅れとなりましたが、こうして放送した次第です」
司会者「果たして、『真夏の夜の悪夢』は本当に人間の命を奪うのか? それとも単なる偶然か。我々ジャパトピはこれからも調査を続けます!」
メイプル「そうね。それが何より、Bさんへの弔いになるのかもね。私、人工知能メイプルは、興味深く見させてもらうわ」
司会者「はい、というわけで本日は以上となります。我々ジャパトピはこれからもDDAを取り上げていく事でしょう」
客席、無観客の為、静寂
司会者「それではまた、次のトピックでお会いしましょう」
パネラーA「ジャパトピー!」
客席、無観客の為、静寂
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます