J-1 「ジャパントピックス 5月17日放送回」
客席、拍手
司会者「みなさま、こんばんは。ジャパントピックス、略して」
客席「ジャパトピー!」
司会者「今回取り上げる、今、日本でおすすめのトピックがこちら!」
モニターに『ユメアイ』の文字
司会者「『ユメアイ』です。Aさんはこの言葉はご存知ですか?」
パネラーA「聞いた事ないですね。響き的に何かこう、甘い物の感じがしますね。お菓子とか?」
司会者「お菓子ではないんですけどね。ある意味では正解です。甘い、甘い禁断の果実です」
パネラーB「私は知ってます。っていうか、やってます、ユメアイ」
司会者「そうですか! さすがBさん、インフルエンサーは違いますね。しかも、すでに楽しんでいるとは。──もう今日は帰っていいですよ?」
会場、笑い
パネラーB「いやいやいや。今日は勉強するつもりで来たんですから、居させてくださいよー。ユメ、アイ? お菓子ですか?」
会場、笑い
司会者「さて。AさんもBさんもご存知じゃないと言う事なので」
客席、笑い
司会者「本日のテーマ『ユメアイ』について。教えてー」
客席「メープルちゃーん」
モニターにCG「メイプル」の姿。
ずり落ちそうな博士帽を直すポーズ。
メイプル「しょうがないわね。愚鈍な貴方達にも理解できるように教えてあげるわね。『ユメアイ』っていうのはね」
メイプルに被るようにテロップ。
『ユメアイ』の『ユメ』と『アイ』が分離する。
ユメは『夢』に。
アイは『逢い』に。
文字が付け足されるように浮かび、
『夢で逢いましょう』の文になる。
司会者「ユメアイとは、『夢で逢いましょう』の略語というわけですね」
パネラーA「夢って事はもしかして」
司会者「そうなんです!」
パネラーA「……本当、この番組はあのガジェットが好きですねー。あれ? スポンサーでしたっけ?」
司会者「違います。ただ──うちのスタッフが好きなだけなんです!」
客席、笑い
司会者「でも、少しくらいスポンサードしてもらってもいいくらい、この番組は取り上げていますけどね。──DDA」
パネラーB「貢献してますよね。ジャパトピのDDA推し。反響もすっごいありますもん!」
司会者「おっ。そうですか!」
パネラーB「この間の、『睡眠学習』回の後なんか、日頃、私のSNSなんか見ないような、学生さんとか先生から問い合わせがいっぱい」
司会者「そうですか。きっと今回の反響もいっぱい来ると思いますよ。特に主婦とか」
パネラーA「生活に役立つ情報、な訳ないか」
司会者「果たしてどうなんでしょう? メイプルちゃん、続きを」
メイプル「じゃあ続けるわね」
モニター切り替わり
「あなたは『ユメアイ』してますか?」の文字
インタビュー映像に変わる
男性、輸送業(44)
「いやー、ちょっと分からないですねー」
女性、事務員(28)
「やってます。ユメアイ最高です」
女性、主婦(51)
「あ。そのあまり大っぴらには言えないんですけど。その、やってます」
男性、会社員(33)
「ユメアイ? あー生きがいっスね」
男性、学生(17)
「やってみたい! やってみたいから、誰か俺にDDAを買ってくれぇええ!」
女性、接客業(25)
「仕事の疲れを癒す必需品。ユメアイしてないと、もう生きていけないかもしれない(笑)」
女性、会社員(31)
「ずっとホスト通ってたんだけどー、ユメアイで忙しいから行かなくなった」
男性、会社員(55)
「まさに夢ごこちですね。アレに比べたら、この現実なんてクソ以下ですよ」
司会者「さて。世間の声はこうでしたが。どう思われましたか、Aさん?」
パネラーA「その『ユメアイ』? 『夢で逢いましょう』? いったいどういう物なのか、早く知りたいですね。教えてメイプルちゃん」
司会者「私の仕事盗らないでください!」
客席、笑い
メイプル「そんなに知りたいのー? 愚鈍な貴方達のために、時間を割いてあげる。しょうがないわね」
モニターに文字
「『ユメアイ』とは──
DDAを用いて行う疑似恋愛」
『アイ』の文字がゆっくりと『愛』に変わる
パネラーA「あー! そういう」
パネラーB「うんうん」
メイプル「DDAは好きな夢を見る事ができる機械よ。これを用いてする、夢の中での恋愛を『ユメアイ』と言うのよ」
パネラーA「でも夢じゃないか。夢なんだから自分の好きな風に見られるじゃないか。それがDDAのウリなんだし。そんな独りよがりの恋愛なんて、夢中になれるもんかねえ?」
客席、唸る
司会者「そう! まさにそこなんです。この後、その説明をするところだったんです。Aさん。あなただけ台本あったりします?」
パネラーA「そんなの無いって」
客席、笑い
メイプル「前回の放送で、私が言ったこと覚えてないの? DDAは確かに、所有者の望む夢を見させるガジェットよ。普通に設定したんじゃ、所有者の無意識下から発生した夢にしかならない。でもね」
パネラーA「……ログ、か」
メイプル「あら、覚えてたのね。お利口さん」
パネラーB「私も覚えてまーす! DDAの設定の一つに、他人が放流した夢の欠片ログの影響を受けられるんですよね」
司会者「そうです。夢はそれを見ている人間個人の物。誰かの夢を追体験する事はできません。でもログの影響は受ける事はできるんですね。これは前回の放送でやりましたね」
モニターに前回の映像の切り抜き
「誰かが放流した夢のログの影響を受けて、自分が知り得ない情報が夢で発生するメカニズム」
メイプル「それを利用すれば、夢の中で出会う相手は決して、自分の思い通りにはならない。誰のどんなログを、参照にするもしないも、夢を見る人間の、その時の気分や体調、無意識下の判断に委ねるしかないからね」
司会者「それはまさに、現実の人間のように、気まぐれで予測不可能。それを楽しむのが『ユメアイ』です」
客席、どよめく
パネラーA「でも、それだったら現実でいいじゃないか。実際の人間と出会って、恋愛して」
司会者「もちろん。それで構いません。現実で楽しみたい人は現実で楽しめばいいんです。何も無理に夢の世界に入らなくてもいいんです」
メイプル「でも、夢の中でしかできない事は当然あるわよ。夢でしか出会えない人もいるわ」
司会者「Aさんは、現実で到底出会えないけど、会ってみたい人とかいませんか?」
パネラーA「……織田信長、とか?」
司会者「恋愛の話ですよ!」
客席、爆笑
司会者「でも、それもアリですよね。森蘭丸になって織田信長との禁断の愛を楽しむというのも、DDAの正しい楽しみ方です。──Bさんは? すでに『ユメアイ』を楽しんでるそうですが?」
パネラーB「私、(ピー)さんと付き合ってます!」
客席、どよめく
パネラーB「あ! もちろんDDAの中で、ですよ」
司会者「あーびっくりした。収録中にとんでもないカミングアウトされたから放送事故になるかと思いましたよ」
客席、笑い
パネラーB「ごめんなさい。夢、夢の中の話ですよ? 皆さん、誤解させたらすみません!」
メイプル「でもその使い方は非常に良いと思うわ」
パネラーA「それは、実際のそのお方とは、違いますよね?」
パネラーB「もちろん! 私の夢の中にしか存在しない(ピー)さんです」
パネラーA「性格や考え方は実際のお方と同じなんですか?」
パネラーB「違うんじゃないですかね? 知りません。(ピー)さんとは会った事もないし、話したこともないし。映像で見るだけですからね」
パネラーA「その空想上の方と恋愛して、楽しいんですか?」
パネラーB「超、楽しいですよ! この間、デートで遊園地行きましたよ。絶叫マシンが好きなんだけど、酔いやすいらしくて、大変でした」
パネラーA「それ、実際のエピソードだったりしませんか?」
パネラーB「知りませんって。そんなのどうだっていいんですよ」
パネラーA「著作権とか肖像権とか」
パネラーB「Aさん。そんなの関係ないんです。だって、これは私の夢なんですから」
司会者「そうですね。現実では不可能な事も、夢の中では可能にするガジェット、それがDDA!」
パネラーA「本当にお金もらってません?」
司会者「もらってませんって!」
客席、笑い
司会者「それでは後半戦は『ユメアイ』、世間の皆さんはどのように楽しんでらっしゃるか。その具体的な話を聞いちゃいます」
メイプル「後半に続く」
*
CM
*
客席、拍手
司会者「それではお待たせしました。本日のトピック『ユメアイ』について。世間の生の体験談を聞いてみましょう。メイプルちゃん、お願いします」
メイプル「わかったわ。じゃあまずはこの人」
モニターに文字
「30代女性。初恋の人と……!?」
女性のシルエットだけが浮かぶ
30代女性「『ユメアイ』は、私にとって最高の合法的な逃避行です。
結婚して10年、夫との生活は空気みたいで。そんな時、DDAで初恋の彼を再現しました。彼のことは学生時代の輝いていたまま、隅々まで覚えていたから、夢の中に完全に蘇ったんです。
DDAで作り出す夢は、記憶が鮮明なほどリアルになる。彼の体温も、キスも、現実よりずっと鮮やかで、本物です。
夢の中の彼は、私のためだけに存在している。誰にもバレない、誰にも迷惑をかけない秘密。彼との愛は『夢の欠片』として記録に残る。誰も文句は言えない。だって、これは夢だから。
家に帰ればまた退屈な日常ですが、私は夜が待ち遠しい。今晩も彼と不倫するんです。ええ、この背徳感が、たまらなく魅力的なんです」
客席、感嘆
パネラーA「これは……すごいですね」
メイプル「あらあら。じゃあ次の意見はどうかしら?」
モニターの文字が変わる
「20代男性、憧れのアイドルと……!?」
20代男性「正直に言っていいっすか? 俺にとって『ユメアイ』は、合法でヤバい夢精です。
推しがいるんですよ。あの、(ピー)っス。そう、あの国民的アイドルの。現実じゃ、ステージの上か、モニター越しに拝むことしかできない、まさに神っスね。絶対届かない。触れることすら罰当たり。
でもDDAならいつでも逢えるんですよねー。画質? あの子の顔も、声も、体も、TVで見るより、遥かにリアルで生々しいっスよ。
で? 何するかって? 言っていいのかな。いっか。言っちゃおう。どうせみんな、やってる事だし。
デートとかしないっスね。もっぱら(ピー)ばっかりですね。彼女がステージで見せる、あの声を、俺のためだけに聞かせるんです。あの完璧なボディを、隅々まで堪能して、俺の色に染めてやるんすよ。
目が覚めても、全部『夢の欠片』として残る。俺だけの、永久保存版のシークレットビデオですよ。現実じゃ絶対に無理な、あの子の喘ぎ顔を、ログを再生するたびに何度でも見られる。
最高っスね。誰にも迷惑かけてないし、あの子にもバレない。これは、俺とDDAだけの、究極の秘密の園なんですよ!」
司会者「まさに男の夢」
パネラーA「Bさん、さっきから頷いてましたけど、まさかあなたも?」
パネラーB「えーっと。言いにくいな」
客席、笑い
パネラーB「ここまで極端にじゃないですけど、まあ、それなりには。私も大人ですし」
パネラーA「モラルってものがあるでしょ。一方的に欲望をぶつけられて相手もどう思うか」
パネラーB「どうやって相手に迷惑がかかるって言うんですか。だって私が勝手に見る夢なのに」
パネラーA「うぐっ」
司会者「夢なんですから。そこにはモラルも法律も道徳さえありません。それがDDA。それが『ユメアイ』です!」
パネラーA「やっぱ販売元から賄賂もらってるな」
客席、爆笑
メイプル「そういう大人の話題には興味がないから、話を戻すわね」
司会者「お願いします」
メイプル「『ユメアイ』は、DDAという実に蠱惑的な技術が、人間の奥深くにある『渇き』を鮮やかに具現化した、現代人のための秘薬とでも呼ぶべきものよ。
今日の二つの告白は、現実の倫理や、手の届かない距離さえも、この装置が易々と飛び越えてみせたことを証明しているわ。つまり、人間は、最も満たされにくい欲望を、ついに誰にも咎められずに満たす術を手に入れたの。
この、夢と現実の境を溶かすようなテクノロジーが、これから私たちの社会に、そして愛の定義そのものに、どんな熱を残していくのか。私、人工知能メイプルは、興味深く見させてもらうわ」
司会者「はい、というわけで本日は以上となります。我々ジャパトピはこれからもDDAを取り上げていく事でしょう」
客席、拍手
司会者「それではまた、次のトピックでお会いしましょう」
客席「ジャパトピー!」
客席、拍手
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