G-1 「眼前に迫る危機 -全年齢版-」
……今週末までには必ず。
そう絞り出すように言って、伍如田は通話を切った。画面が暗くなった携帯電話を、まるで自分の借金そのもののように睨みつける。
期待していた新台入れ替えは不発。競馬は週末だが、期限まであと四日しかない。消費者金融からはもう借りられない。既に危ない筋にも手を出しているからこそ、伍如田は追い詰められていた。
またジュンコに頼むか──。
風俗で働く恋人の彼女なら、日払いで現金を得ている。だが先日も借りたばかりだ。いくら頭を下げても、到底足りない。
焦燥をかき消すようにノートパソコンを開く。
ログインしたのは、自らが運営する動画投稿アカウント「鬼畜男爵」だった。顔出しもせず、ただ「DDA」と呼ばれる夢見装置を被った人間の様子を記録するというだけの、奇妙な企画。素人の怪しげな映像なのに、一部の好事家から予想以上の反応があった。
最初の動画は面白半分で始めたものだった。
だが、思いのほか売れてしまった。二作目もそこそこ。けれど三作目は鳴かず飛ばずで、閲覧数は尻すぼみになっている。
このままではいけない。
換金すれば今月は乗り切れる。しかし、それでは次がない。
「もうひと工夫……もう一発、強いネタが要る」
煙草に火をつけ、まずそうに煙を吐く。
人気のある作品を漁っていた時だった。──「NTR」という見慣れぬジャンルが目に飛び込む。
略してネトラレ。
愛する者が他人に奪われる状況を覗き見る、歪んだ欲望に支えられた市場。
ぞわりと寒気がした。
同時に「これだ」と直感した。
けれど、ジュンコがそんな企画を了承するはずもない。
だったら……今までと同じく「夢の記録」と偽ってしまえばいい。
あくまで夢を見ているだけ、そう思い込ませればいいのだ。
動画の本編に加え、特典映像として「目覚めた彼女に優しく接する場面」を差し込む──。
裏切りと愛情が同居するその構造に、視聴者は酔いしれるに違いない。
遠足を待つ子供のように、興奮で眠れない。
枕元に散らばった睡眠導入剤を噛み砕きながら、伍如田は新たな作品の構想を反芻する。
*
*
第4作『夢の中で彼女が裏切られる瞬間』。
公開からしばらく伸び悩んだが、やがて火がついたように売れ始めた。過去最高の収益。新規の顧客も増えた。
これで今月の返済は乗り切れる。
だが次はどうする。
ジュンコはもう、DDAを装着したがらなくなった。眠りに落ちることを、なぜか頑なに拒むのだ。まさか気づいているのか──。
伍如田は爪を噛む。
使えないなら、新しい「出演者」を探すしかない。
平均点の彼女に代えて、もっと極端な個性を持った誰かを。
巨乳でも、幼げでも、あるいはもっと危うい雰囲気でも──。
欲望と焦燥の天秤が、ぐらりと揺れていた。
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