第2話
転生した。
他に思うべき感想があるかと一瞬考えたが、とはいえ転生した以外の情報がないのでどうしようもない。
人間なんて摩訶不思議な超常現象を経験したとしても実際に抱く感想と言うのは普通なものなのだなとか思った。
まあ、実際のところはと言うと単純に俺の語彙がクソ雑魚なだけなのかもしれないけど。
そこらへんは雑魚キャラレベルの語彙力である、悲しいが。
さて、俺はどうやら裕福な家庭の子供として生まれたようだ。
異世界と聞いていたので最初は森での原始的な生活を覚悟していたが、生まれてみれば温かい太陽の光が窓越しに差し込む温かな部屋。
窓ガラスはないが、装飾は立派だ。
部屋も清潔に保たれており、時折メイド(!)がやってきて掃除をしていたりする。
異世界の事は当然のように知らないが、とはいえ家の中をメイドに掃除させられるというのは裕福な証拠だと思う、多分。
そして、母親もまた俺の様子を時折見に来る。
美しい美貌の女性、優しく語り掛けてくるかの女性こそ俺の母親だろう。
彼女が俺の事を心から愛している事が素直に伝わってくるし、そして割と頻繁に顔を出す父親と思われる男性からも、同じく愛が伝わってきた。
なかなかに恵まれた出生だが、そんな俺はどうして悪役になるのだろうか?
更に言ってしまうと、こんな両親の子供であるのにも関わらず悪役をしなくてはならないというのは少々心が痛む……はっ!
もしや、その両親に不幸が訪れた結果悪役になるタイプかっ!
なるほどそれは普通にあり得るし、悪役のバックストーリーとしてもあり寄りのあり。
同情は出来るけどやった事は許されないタイプの悪役も俺は好きだ。
屑の中の屑な悪役もそれはそれで趣きがあって良いが、とはいえ現代社会を生きてきた俺にとってはむしろ同情の余地があるタイプの悪役の方がやりやすい。
さて、とりあえずそんな感じで赤ん坊時代は過ぎていった。
特に話す事はなかった。
という事は少なくとも今のところは悪役堕ちするきっかけである不幸は起きなかったという事である。
まあ、悪役が好きとはいえ人の不幸を望んだりできるような人間ではなかったので、これに関しては良かったと言えよう。
むしろ心配なのは俺の両親が良い人過ぎるから、今後二人に不幸な目な出来事が起きるというのは素直に悲しく感じてくるという事。
くそう、悪役の道とはなんと辛くて厳しいのだろう……
こうなってくると原作崩壊しても良いから両親に不幸な出来事が起きる前に率先して悪役堕ちするのが良いのだろうか?
いやしかし悪役になったところで不幸な目が起きないとも限らないしなー。
「坊ちゃま、何か考え事ですかな?」
と、うんうん唸っていると俺の世話役である白髭の執事、アーサーがそう声をかけてきた。
今の俺は彼に勉強を教わっている途中だった。
「坊ちゃまが勉強に集中していないというのは、珍しいですな」
「別にそういう時だって俺にはあるさ。成長期の男って言うのはいつだって悩みがつきものだろ?」
「坊ちゃまは悩みのない男だと思っておりました」
「失礼だな、俺はこの世界で一番、常日頃から悩みに悩んでいる男だぞ」
「それは大変ですな。では一つでも坊ちゃまの苦難を取り除くために、今、悩んでいる事を教えてもらっても?」
「うーん……」
まさか悪役になろうと考えているとかは言えないので、とりあえず「家族に不幸な出来事が起きたら嫌だなーって」と答える事にした。
「今の俺って、ほら。やっぱりお母様とお父様の二人がいるからこそ幸せに生きられているじゃん」
「それは、そうですな」
「愛されているし、それはきっと幸せな事だ。だけどそれはいつ終わるかも分からない」
「それもまた、そうですな。無礼かとは思いますが、しかしかといってそのような不幸な出来事が起きないと、断言する事は不可能でしょう」
「そんな時が起きた時、俺はどうすれば良いと思う?」
「それは、簡単な事です」
アーサーはきっぱりと言い放つ。
「そのような一切の不幸を払いのけられるほどの男になれば良いのです、坊ちゃま」
「!」
俺は、目が覚めたような気持ちになった。
「そうか、確かにそれはその通りだな」
「ええそうです。坊ちゃま、確かにこの世界は時折残酷な一面を覗かせる事があるのは事実です。ですが、それを甘んじて受け入れる必要はないのです」
「ああ、運命というものを受け入れる必要はない。運命に抗うっていうのはまさに……!」
決められた運命に抗い、我を貫き通す。
なんて悪者っぽい考えなのだろう……!!!!
自らの我がままで世界の運命すらも書き換える。
それは確かに魅力的な考えだった。
「ありがとうアーサー! 俺、なんか気持ちが楽になったよ!!」
「それは重畳。では、勉強を再開しても」
「ああ、勉強もまた運命に抗うのに必要な事だもんな!」
俺は強く頷き、それからいち早くこの世界の知識を身につけるべく書物に視線を落とし思考を走らせるのだった。
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