追放者アテルイ 異国に刻まれし英雄譚

Toriatama

プロローグ

大理石の柱が立ち並ぶ、神々の法廷。




黒髪の青年アテルイは、鎖に縛られ、ひざまずいていた。


背は高く、鍛え上げられた体は逞しく精悍で、ただ黙して立っているだけでも威圧感を放つ。


だがその両腕は神鎖に絡め取られ、強靭な肉体も今は無力だった。




ゼウスの声が雷鳴のごとく降り注ぐ。


「アテルイよ。おぬしが神界に留まる限り、血族の呪いは絶えぬ。子を持てば、その子に殺されるだろう。これは始祖アトレウスの犯した蛮行の代償――神々の秩序を乱した血に、居場所はもはや無い」




法廷にざわめきが走る。


炎の神は面白げに嘲笑い、知恵の女神は冷たく目を伏せ、運命の女神だけが無感情に頷いていた。


誰一人として、彼を救おうとはしない。




アテルイの胸に怒りが渦巻く。


――なぜ俺が。罪を犯したのは始祖アトレウスだ。


俺はまだ誰も傷つけていない。ただ、生きて未来を掴みたいだけなのに。




その叫びは唇から漏れ、鎖を引きちぎらんばかりに身を震わせる。


だが神々の議場では、その怒声すら空虚に響くだけ。


柱の影から聞こえるのは、ただ彼をあざ笑う囁き声。




ゼウスの宣告が下される。


「ゆえに命ずる。汝を遠き東方の地、流刑の島ジパングへ追放する。そこは異国の神々の支配する地。我らの声も届かぬ遠き世界だ」




震える足で立ち上がるアテルイ。


怒りに燃える眼差しだけは決して揺るがなかった。


その手にはただ一振りの剣が与えられる。




――ここでなら、呪われし血も薄れるかもしれぬ。


だが、たとえどこに堕とされようとも、俺は屈しない。




アテルイは天を睨み、低く唸るように誓った。


「俺は……生きる。たとえこの血が呪いだとしても」




こうして追放者アテルイは、神々の座から最も遠き東方ジパングへと堕ちていった。


それは流刑の始まりであり――やがて、英雄譚の序章ともなる運命の一歩であった。

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