第44話 狙うは一撃



決闘の勝利条件――それは単純でいて、同時に極めて厳密だ。

《アーク・アカデミア》の候補生同士の戦闘では、双方の星環器が戦闘データを自動記録し、「ダメージ判定」が一定値を超えた時点で勝敗が決まる。

もちろん、戦闘不能や降参も勝利条件に含まれる。

だが、過剰なダメージを与えれば「制御不能」と見なされ、失格扱いになる。


――つまり、“倒してはいけない相手を倒さずに勝つ”。

候補生に課せられた決闘は、戦闘技術と理性の両方を試す「制御の証明」でもあるのだ。


(ダメージ判定……要は、星環器が“受けた衝撃とマナ損耗”を計測してる…って話だが。

でも、あの水晶盤に囲まれてる限り、アイリスに生半可な打撃なんて通る気がしねぇ……)


スコールは歯を食いしばりながら距離を測る。

彼の拳は届かない。光弾は無効化できても、反撃の隙がない。

とはいえ――どこかで一撃、有効打を入れなければ、この勝負は永遠に終わらない。


(顔面は論外だ。いくら主席って言っても、女子の顔面を殴れるわけがない…!

だが身体への打撃なら……腹部か、肩口か……いや、それよりも足だ。機動を奪えば、アイリスの演算も精度が落ちるはずだ)


そう考え、スコールは一歩踏み込むと同時に、自らのマナを体内で変換した。

雷鳴のような唸りが、骨の内側で弾ける。


バチバチバチッ――!


青白い閃光が両脚を包み、空気が焦げるような臭いが鼻を突いた。

スコールのマナ属性は“雷”。

体内のマナ循環を高速回転させ、電位差を発生させることで、瞬間的に脚力と腕力を跳ね上げることができる。


「雷装 《サンダードライブ》、起動……!」


低く呟いた瞬間、足元に火花が走る。

次の瞬間には、その姿が一気に前方へ跳んだ。


「――っ!」


観衆の視線が追いつかない。

一瞬で詰められる距離――十メートル。

空気が歪み、雷鳴の残響だけが遅れて響く。


(速ぇ……けどまだ読まれてる!)


水晶盤が光を弾き、アイリスの体がわずかに捻れる。

彼女の演算が、雷の軌跡すら“予測可能”な範囲で解析していた。


スコールは軌道を変える。

直進から急転、右、左、斜め上――。

立体的な動きを描きながら、彼はあえて“未来を読みづらい”角度を作り出していく。


夜風が弾け、展望デッキ《ステラテラス》の縁を蹴る。

ガラス製の柵を踏み台に、スコールは一瞬だけ空中を駆け上がった。


(未来予測が見てるのは“俺の軌跡”。

だったら、軌跡そのものを乱せば――演算が追いつかねぇ!)


雷光を纏った影が、夜空を駆け抜ける。

アイリスの視界の端で、星図の線が狂い始めた。

未来の軌跡を描いていた水晶盤が、ノイズを走らせる。


「……!」


アイリスの眉がわずかに動いた。

スコールはその一瞬の“遅れ”を見逃さなかった。


「――今だ!」


足裏の雷光を爆ぜさせ、スコールは一気に踏み込む。

反動で空気が弾け、電撃の尾が石畳を焦がした。


彼女の右側面――そこに懐へ潜り込む瞬間。

右腕に雷が走る。

狙いは胴、いや――腰のライン。


未来を読む相手に対し視線誘導で“上段”を意識させ、下からの一撃で虚を突く。


拳が走る。

一拍遅れて空気が鳴く。


(――届く!)


だが、同時に。


「――その未来、見えていますわ」


光が閃いた。

星導環が唸りを上げ、水晶盤の一枚がスコールの拳の軌道上に滑り込む。

刹那、金属を叩くような硬質音。


「っぐぅ――!」


拳が弾かれ、身体が後方に吹き飛ぶ。

背中が床を擦り、火花が散る。


水晶盤――それ自体が防壁として具現化したのだ。

それは防御ではなく、“未来に置かれた盾”。


(マジかよ……攻撃だけじゃなく、防御位置まで予測してやがるのか!)


地面に手を突きながら、スコールは荒い息を吐く。

肺が焼けるように熱く、胸骨の下で竜爪環が脈動を繰り返す。


「……くそ、まじで反則級だな……!」


それでも、諦めるつもりはなかった。

彼の瞳には、なおも“次”を狙う光が宿っている。


(いいさ……見えてんなら、何度でも上書きしてやる。

――未来を読まれる前に、“未来を壊す”!)


スコールの足元に、再び雷光が走った。

彼の戦略――動きの緩急で未来を狂わせ、わずかな“隙”に懐へ潜る。

その一点に、すべてを懸ける覚悟が宿る。


夜の展望デッキに雷鳴と水晶の音が重なった。

庶民と貴族、二人の候補生の死闘が、さらに加速していく――。

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空色デイズ 〜学園一の貴族令嬢とデートしたいだけなのに、学園の命運まで背負わされる俺(兵士候補生)の異能学園奮闘記〜 平木明日香 @makannkousappou19900317

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