第22話 ゲーセンという庶民の牙



リムジンの車内に沈黙が漂っていた。

いや、沈黙っていうより拷問だなこれは。冷や汗が背中を伝い、脳みそが空回りし続ける。


(……やべぇ。そろそろどこに行くか決めないと、延々ドライブになっちまう)


さっきから街並みはどんどん煌びやかになってるのに、俺の口から出る言葉はゼロ。

このままじゃ「庶民は決断力もないのか」なんて思われかねない。


(ダメだ……ここは男を見せるところだろ、スコール! 腹を括れ!)


喉がカラカラに渇く。唇を噛み、胸の奥で一度だけ大きく息を整えた。

そして俺は――


「……ゲーセンに行こう!」


声が裏返りそうになるのを、どうにか踏ん張った。


普通ならレストランとか、劇場とか、無難にオシャレな場所を選ぶんだろう。

けどよ、そんなの今の俺にできるわけがない(そもそも金がない)。


相手は学園一の貴族令嬢、アイリス・ヴァレンタイン。

見栄を張ったってどうせバレる。高級料理店? 貴族が行き慣れてるに決まってる。劇場? むしろ毎日のように通ってそうだ。


だったら庶民らしく、こっちのフィールドで勝負したほうがいい。

俺にしかできない、俺にしか案内できない場所――ゲームセンター。


そう、ゲーセンは俺たち庶民の聖域だ。

煌びやかな照明、ジャラジャラと響くメダル音、うるせぇほどの電子音楽。

そこでは肩書きも権威も関係ない。腕前ひとつで勝敗が決まる、真の実力社会。


「……ゲーセン?」


案の定、アイリス嬢は小首を傾げた。

長いプラチナブロンドがさらりと揺れる。おい、なんでその仕草ひとつで心臓の鼓動が跳ね上がるんだよ。


「えっと……ゲームセンターの略だ。まあ、アミューズメント施設みたいなもんだな」


「アミューズメント……?」


ポカンとしている。どうやら全くの未知らしい。

よし、やっぱりだ。狙い通り。


俺は得意げに説明を続けた。


「庶民が娯楽として楽しむ施設だ。シューティング、格闘、パズル、体感型シミュレーション……ジャンルはいろいろ。もちろん食事もできる。カップルが遊びに行く鉄板スポットなんだぜ」


「……庶民の嗜み、ですか」


アイリス嬢は細い指を顎に添え、少し考え込んだあとで、すっと俺を見つめ返した。

碧眼に反射する街の光が鋭く煌めく。


「わかりました。では案内してください、スコール」


……え、いいの? 即答で了承してくれるなんて予想外すぎる。

けどこれは好機だ。貴族のお嬢様を未知の世界に連れ込めば、必ず隙が生まれる。

その隙を、俺が埋めてやれば――きっと株が爆上がる! 完璧なプランだ!


(ククク……悪くねぇな相棒。未知の領域で足元をすくう……ドラゴン流の狩りに似てるぜ)

(お前は黙ってろ! これからは庶民流の狩りなんだよ!)



リムジンは商業区の中心を抜け、駅の隣接エリアへと向かった。

そこにそびえていたのは――複合娯楽施設 《マナ・アーケード》。


高さ十五階、延床面積は十万平方メートルを超える巨大な建造物だ。

外壁は黒曜石のような光沢を持ち、夜になると壁面全体にマナイルミネーションが流れる仕組みになっている。

遠目から見ても、まるで未来都市の神殿のような風貌をこれみよがしに解き放っている。


施設は三つのゾーンに分かれていた。



1. アミューズメントフロア(1〜5階)

・最新のアーケード筐体が数百台並ぶ。

・マナクリスタルを利用した体感型VRシミュレーションが人気。

・射撃練習用のマナガン、巨大スクリーンでの協力プレイ、格闘筐体は常に満席。


2. フード&カフェフロア(6〜8階)

・ファーストフードから貴族御用達の高級レストランまで揃う。

・マナオーブンで焼き上げる「クリスタルピザ」が名物。

・庶民学生から外交官まで、多種多様な客層が集まる。


3. エンタメ複合フロア(9〜15階)

・シネマコンプレックス、劇場、ボウリングやビリヤードまで完備。

・最上階には展望ラウンジがあり、都市全体を一望できる。



駅に直結したデッキから入場できるため、学生や市民の憩いの場としても人気らしい。


リムジンがエントランス前に停車する。

煌めくホログラム看板に「WELCOME TO MANA ARCADE」の文字。


俺は窓から外を見て、心の中でガッツポーズした。


(よし……ここならいける! 貴族のアイリス嬢も、きっと未知の世界に混乱して、俺に頼るしかなくなる!)


「……では、参りましょうか」


アイリス嬢が優雅に足を組み替え、俺に視線を送る。

その仕草ひとつで喉がカラカラになる。


だが――ここで怯んだら意味がない。

俺は大きく息を吸い、ドアノブに手をかけた。


「……ようこそ、庶民の楽園へ」


そう呟きながら、一世一代の勝負デートが幕を開けた。

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