第22話 瞬殺の不死者さん、修羅場
「——モンド君、どういうことかな? 約束ってなんなのかな? ううん、別に責めてないよ? モンド君だって男の子だし、女を作ることが悪いとはボクも言わないし思ってないよ? ボクも普通の子なら何も言わないしね。……でも、この女は駄目だよ。あんな公衆の面前で男女間の約束事について言い出すような女に碌な人はいないから、ボクはやめた方がいいと思うんだ。モンド君のために言ってるんだよ? だってきっと将来モンド君の足枷になるからさ。……まぁ今足枷になってるボクが言っても意味ないけどね」
殆ど息継ぎなしで矢継ぎ早に俺を責める……というより諭してくるクラリス。
控えめに言って怖い。言葉に物凄く圧を感じる。
それに責めてないっていうなら、その感情が欠落した真顔とハイライトが消え失せた瞳はどうにかならないんですかね? 周りの人達引いてますよ。
「クラリス」
「どうしたの? ……あ、もしかしてボクの心配してくれるの? ふふっ、やっぱり優しいね、モンド君は。——でもいいんだ。ボクはモンド君さえいてくれれば周りの有象無象なんてどうでもいいから。もちろん仲が良いに越したことはないけど……モンド君のためだし仕方ないよね」
どこが仕方ないんだ。主人公が嫌われてどうする。
なんて呆れやらガンギマリ度合いに軽く引く俺を他所に、ヘレミアがムッと眉を顰めて言った。
「む、聞き捨てならない。私は、正当な報酬を要求してるだけ」
「それを公衆の面前でしている時点でおかしい、と言っているんです」
「なぜ? 聞かれても、別に問題ない」
「内容ではなく常識外れなその性根について言っているのですけど、ここまで言わないと分からないですか?」
怖い。ほんと怖い。
「……僕、帰ってもいいか?」
「駄目だ。貴様も友を名乗るならここに残れ」
「と、友!? ……ま、まぁハイモンドがそう言うなら友になってやってもいい——」
俺の言葉に笑みを隠しきれないといった様子の愉快なナルシストだったが。
「——うるさい、黙れ」
「——少し黙っていてもらえますか? 耳障りですので」
「ひぃっ!?」
クラリスとヘレミアの餌食になって悲鳴を上げていた。大変可哀想である。
……怖かったな、ナルシスト。今度俺の奢りで一緒に昼飯でも食おうな。
俺は半泣き状態のナルシストの肩をポンと叩いて慰める——あ、あの、なんで二人して俺を睨み付けてくるんですかね?
「……なんだ?」
「別になんでもないよ? ただ、一番の当事者なのになんで他人事みたいなスタンスなのかなって不思議に思っただけだよ。本当に不思議だよね」
不思議じゃないです。あと全然なんでもなくないじゃないか。
「……お前は?」
逃げるようにクラリスから目を逸らした俺は、睨み付けるというかジトーッとした湿っぽい目を向けてくるヘレミアに尋ねた。
「ん、責めてる。この狂犬みたいな子の手綱は、部長がしっかり握っていてほしい」
「誰が狂犬ですか。そう言う貴女は朝から五月蝿く鳴き喚くニワトリじゃないですか」
「なんだと、こら」
「なんですか、事実を言っているだけですが?」
……これは収集が付かんな。怖い、非常に怖いけど……覚悟を決めるしかない。頑張れ俺!
そう恐怖を抑え込んで覚悟を決めた俺は、ナルシストに話しかける。
「……ナルシスト、頼みがある。もしウチの担任が来たら俺達三人は二つ隣の教室にいると伝えといてくれ」
「っ! し、仕方ないな! 友であるハイモンドの頼みとなれば仕方ない! 僕がしっかりと伝えておいてやろう!」
意外にも頼もしい彼の言葉を聞いた俺は——
「頼んだ。——おい、移動するぞ」
「も、モンド君? ——きゃっ!?」
「むっ……」
クラリスを宥めるように頭を撫でる——実に優秀である。スレ民には感謝しないといけない——と共に片手で抱き上げつつ、もう片方でヘレミアの襟をむんずと掴んで持ち上げると……そのまま教室をあとにした。
「……母親に連れて行かれる、子ライオンの気分」
……言いえて妙じゃないか。
「——はぁ……貴様ら、教室で喧嘩する馬鹿がどこにいる?」
適当な空き教室に移動した俺は、掴んでいたクラリスとヘレミアを降ろして冷めた瞳を向ける。
だが、ド正論を展開する俺に真っ向から歯向かってくる奴がいた。
「ん、ここにいる」
ヘレミアである。そんな君には馬鹿を超える論外という称号を与えよう。
「いいか、貴様が一番論外だ。今年十八の奴が十五のクラリスにキレるな」
「……マセガキ」
「はい? 確かに私は子供かもしれないけど貴女の方がよっぽど子供ですよ? 年下の私相手に本気になっている時点で貴女の負けです」
「どっこいどっこいだ馬鹿共」
どうにも相性が悪いらしい二人を引き剥がし、俺が疲労を感じながら再度ため息を吐けば。
「馬鹿って……そもそもモンド君が優しすぎるのが悪いんだよ? もちろんその優しさはモンド君の魅力だし、かくいうボクもその優しさに助けられたから一概には言えないけど……この女はその優しさに付け込んで、モンド君なら何しても許してくれるって思ってるんだよ、きっと。ただ、モンド君はそれでも優しくするんだと思う。だから——ボクが彼女を追い払うね? 大丈夫、モンド君には迷惑を掛けないから」
またもやハイライトの消えた瞳で俺を見つめるクラリス。
ただ、その表情は慈愛に満ちていて……その瞳と表情の落差に俺は言葉を失った。
……く、クラリスー? 怖い、本当に怖い。いつもの可愛いクラリスはシフトじゃないのかなー? に、逃げたいなぁ……このままトンズラしたら駄目かな? 駄目? そうですよね〜……。
普段とはあまりにもかけ離れた彼女の様子に内心ガクブルの俺だったが、これ以上は本当に何かしそうな雰囲気なので——泣く泣く覚悟を決めた。
さぁイメージしろー、俺。
この状況でハイモンドは怯えるか?
——答えは否である。
だが、ハイモンドが取りそうな方法では、暴走列車みたいな今の彼女を止めることはできそうにない。
よって方法は一つ——持ち前のお兄ちゃんスキルとハイモンドの大胆不敵さの融合である。
「クラリス」
「何——っ!?」
まず俺は深淵のような目で俺を見つめるクラリスを強引に抱き寄せ。
「——お前の気持ちはよく分かった。俺を気遣ってくれるのは有り難いが、一旦落ち着け。いつものお前の方が可愛いぞ?」
「!?!?!?!?!?」
ハイモンド口調を維持したまま耳元で囁く。
並行して、まるで兄が怖がる妹をあやすように頭をよしよししながら、先ほどとは一変して包み込むように優しく抱き締めた。
これで完了…………うん、最大限努力はしてみたが、案の定きっっっしょい。キザな言葉や行動ってレベルじゃないことを自分がやっているというのは、普通に吐き気がするみたいだ。いや本当に気持ち悪すぎて蕁麻疹出そう。……あ、なんか痒くなってきた。
「ぁぁっ……モンド君、ごめんね……。……ごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんね、モンド君モンド君モンド君モンド君モンド君モンド君モンド君モンド君……っ!!」
声帯部分が壊れたロボットかよ。ただまぁ……主に俺のメンタル保護のために最初以外聞かなかったことにしよう。うん、それがいい。
キザなモノとレーズンには拒絶反応を起こしてしまう俺が、クラリスに見られないように顔をヒクヒクさせていると……それを眺めていたヘレミアが少し同情した面持ちで言った。
「…………大変そう」
「そう思うなら、お前もお前でTPOを弁えろ。心配しなくても、お前の願いは俺の名に賭けて叶えてやる」
「……忘れてたのに?」
それはそれ、これはこれだ。
「いいから次からは気を付けろ、分かったな?」
「……ん、部長が言うなら。ちょっと反省」
ちょっとじゃなくて猛省しろ。部活でお前だけ外周百周させるぞ。
無表情なせいでちっとも反省しているようには見えないヘレミアの姿に文句を内心垂れつつも、一先ず事態が収束したことに俺は安堵の息を漏らす。
それにクラリスも落ち着いたし、もう離れても大丈夫だろうとそっと背中に回していた腕を離……離し……。
「……クラリス」
「も、もうちょっとだけ……」
「…………チッ、本気で嫌になったら振り解くからな」
「……うんっ……えへへ、えへへへ……」
まだこの状態が続くのかよ……と胸中で絶望しながら頭を撫でるのを再開する。
そのついでに俺はヘレミアに尋ねた。
「それで、結局お前の願いってのは何なんだ? 金か? 自由か?」
「そんな海賊みたいな願いじゃない」
この願いって海賊か? いやそんなことはどうでもよくて。
「じゃあなんだ。……予め言っておいたはずだが、願いは俺が出来る範囲でしか叶えられんからな?」
「ん、そこは問題ない」
ふるふる首を横に振るヘレミア。
どうやら無理難題を課そうとしているわけではなさそうだ。良かった良かった。
なんてホッとしたのも束の間、ヘレミアが願いを言うと同時に状況は一変した。
「——部長、私と婚約して。これが願い」
「は?」
無表情ながら僅かに頬を上気させ、心做しか瞳を潤ませたヘレミアが深紅の髪を弄びながら言った——
「————は? 何言ってるのかなこの女?」
た、たたた助けてスレみーーーーーん!!
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