第18話 ほんの少しの成長(クラリスside)

 リアルが忙しくて投稿できてませんでした。

 また毎日投稿頑張ります。

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「——随分と不安そうで不機嫌だな」


 モンド君と離れて数分。

 そうボクに話し掛けてきたのは、モンド君がエルフィリスと呼んでいた黒髪の綺麗な女の人だった。

 

 今ボクと彼女はモンド君と離れ、モンド君の指示で村長の家へと向かっているのだが……ボクに話し掛けてくるなんて、暇にでもなったんだろうか。

 それはそうと、どうして今不機嫌だってバレたんだろう?


「何を驚いている? 思いっ切り顔に出ているぞ。どれだけあの男と一緒にいたかったんだ」


 なんて呆れたようにため息を吐かれる。


 まぁ彼女には分からないだろう。でもボクからしたら、一分一秒でもモンド君の側を離れるのは不安なんだ。

 モンド君がボクの目の前以外で傷付いているなんて想像もしたくない。そもそも傷付いてほしくない。


 しかしそんな内心を嘲笑うようにエルフィリスさんが吐き捨てた。


「どうせお前が行ったところで、ハイモンドのお荷物にしかならん」

「……なんでボクの考えていることが分かるんですか?」

「だから顔に出ていると言っているだろう? 私には、今にも飛び出していきそうに見える」

「っ、なら——」


 ボクは踵を返してモンド君を追おうと——



「——駄目だ。貴様にあの男を追う資格はない」



 行く手に立ち塞がるエルフィリスさん。

 その瞳は酷く冷たくて、いっそ軽蔑すら混じっているように見えた。


「……なんで、ですか?」


 反射的に問い掛けてしまう。

 いつものボクなら絶対に言わないのに。


 ボク自身、言葉を返したことに驚いている。

 ただ、何故か、と問われれば……赤の他人に資格がないと言われて腹が立ったのかもしれない。

 

 なんて僅かに苛立つボクを他所に、エルフィリスさんは当然とばかりに言った。

 

「なんで、だと? ハッ、阿呆かお前は。なら聞くが……お前は戦えるのか? 強さはもちろんだが……恐怖でガリバードに支配されていたお前が死と隣合わせな場で戦えるとは思えんな」

「それ、は……」


 ボクは否定できなかった。

 怒りは湧いてくる。何様だ、と言い返したくなる。


 でも——心の底では理解していた。


 ボクはどうしようもなく弱い。

 所詮恐怖に打ち勝てなかった負け犬なんだ。


 そんなこと、疾うの昔に分かっていたはずだった。


 ボクは言い返せない自分が情けなくて、恥ずかしくてグッと唇を噛む。

 鈍い痛みを感じる。ジワッと鉄の味が口に広がった。

 エルフィリスさんはそんなボクを見ながら、不快げに鼻を鳴らした。

 


「フンッ……こんな軟弱者を目に掛けているあの男の気が知れんな。自分の未来も代償を顧みず助けた上、私との模擬戦で『』などと……甚だ正気の沙汰ではないな」



「……………え?」


 思わず声が漏れた。

 きっと今のボクの顔は驚愕に染まっていると思う。


 だって——あまりにも衝撃だったから。

 

 ……ぼ、ボクのために、模擬戦……? 報酬を、捨ててまで……?


 ガリバードの家はボクですら知っているくらいこの国で力を持った貴族だった。

 そんな貴族の暗い秘密を暴いた報酬は、きっと途轍もないモノだというのが容易に想像できる。


 でも、モンド君はそれを蹴ってボクのために……。


「? ……なんだ、知らないのか?」

「……も、模擬戦をする、とだけは……」

「……もしかしてあの男は言いたくなかったのか? ……チッ、私のミスか。あとで何か埋め合わせをしないといけないな……」


 ボクの反応を見て、何故かエルフィリスさんが驚いたように軽く目を見開いた。

 その反応は彼女が嘘を付いていないことを物語っていた。


 でも、だからと言って素直に納得することなんて出来ない。


 だって、ボク自身が誰よりもそんなことをされる資格なんてないと知っているから。


 意味が分からない。

 なんで? どうして? と取り留めもない思考が頭をぐるぐると巡る。


 そこまでされる理由が分からない。

 ボクは彼女の言う通り弱者だ。どうしようもない負け犬で軟弱者だ。

 

 …………あぁ……そうだ、ボクに彼を追いかける資格なんてない。

 助けられただけのボクに、彼を追う資格なんて——



「——あの男もたかが知れたな。はっきり言って……ガッカリだ」



 ……………ッ。


「……そんなこと、ない、です……」

「……なんだと?」


 ポツリと呟いた私に、エルフィリスさんが怒気の孕んだ瞳でギロッと睨み付けてくる。

 たったそれだけ。たったその一動作で、ボクはあのガリバードを超える圧迫感に襲われた。


「——ッ!?」

 

 全身が強張る。呼吸が掠れ、心臓がキュッと締め付けられた。

 明確な『死』の気配に——ボクはどうしようもなく恐怖を抱いた。


 怖い怖い怖い怖い。

 逃げたい。目を逸らしたい。耳を押さえたい。


 もし彼女が言ったのがボクのことだったなら……きっとボクは怖気づいて逃げていただろう。

 だって、全部事実だから。



 ……でも。それでも——




「——モンド君は、凄い人なんです……ッ!!」



 

 彼のことだけは。モンド君が悪く言われることだけは、絶対見過ごせない……!!


「モンド君は口は悪いけどとっても優しくて……こんなボクを救ってくれて……とっても強くて……ボクなんかよりも、貴女よりもずっとずっと凄い人なんです……!! 確かにボクは弱いし負け犬です。でも、そんなボクにモンド君は期待してくれている。だから……だから、そんな彼がボクのせいで悪く言われるなら——」


 そこまで言って、言葉が詰まった。


 これから言う言葉がどれだけ困難で、無理難題かを自覚しているからだ。

 到底成し遂げられないような、子供の戯言だと分かっているからだ。


 それに、相変わらず彼女は怖い。身体の震えだって止まらない。


 でも、今だけはその全てを忘れ……いや受け止めて。

 なけなしの勇気を振り絞って。





「——ボクが貴女よりも……この世界の誰よりも強くなってみせます……!! モンド君の言葉が嘘じゃないって証明してみせます……ッッ!!」




 

 ボクはキッと彼女を睨み付けた。

 そんなボクを、一瞬エルフィリスさんが驚いた様子で見ていたが……どこか小馬鹿にしたように言った。


「随分と大きく出たな。今のお前に出来るのか?」

「絶対なってみせます」

「…………ハッ、多少はマシになったか。これでさっきの私のミスは帳消しだな」


 覚悟を決めて返すボクに、先程とは一変して面白そうに笑みを浮かべて宣うエルフィリスさん。

 その言葉で、彼女がわざとモンド君を下げて言ったことを悟った。


 ただ、別に責めるつもりはない。


 全部不甲斐ないボクが悪いから。

 モンド君に迷惑ばかり掛けているボクのせいだから。

 


 だからこそボクは——早く強くならないといけない。



 強くなって、モンド君が誇れるような人になるために。

 モンド君に頼られるような人になるために。

 モンド君をどんな危険からも護れるようになるために。


 きっと今回だって、彼がボクを置いてきたのには意味があるはず……っ、まさか。


 

 ——置いてきたこと自体が試練で、ボクに何かを求めている……?



 モンド君は、ボクをエルフィリスさんと一緒に村長の家に行くように言った。


 ——それは何故か? 


 当然、村長の家で何かが起きるからだろう。

 じゃあその何かっていうのは……まさかボクが強くなるための実践を積ませるため? それかエルフィリスさんの戦いを間近で見せるのが目的……? いや、どっちもっていう可能性も……。


 もしそうなら、今日走ってここまで来たのにも納得できる。

 きっとボクの基礎体力を上げる訓練、という目的なんだろう。

 そしてそれが示唆するのは——




 ——これから戦いが待ち受けているということだ。

 



 きっとモンド君は、そこでボクの軟弱な心を矯正しろ、と言いたいんだ。

 さっきエルフィリスさんにも言われたように——もしかしてエルフィリスさんにそう言うように仕向けたのもモンド君……?


 考えすぎかもしれない。そこまで他人の心を見透かしているなんて……普通ならあり得ない。


 でも——モンド君ならあり得る。

 彼は全てを知っているから。


 それなら、ボクはやり遂げるだけだ。


 モンド君を護るのはボクの役目だ。

 絶対、絶対に誰にも渡さない。渡す気もない。

 

 だからこそ——



 

「……待ってて、モンド君。貴方がボクに課した試練——絶対に超えてみせるから」




 ボクは恐怖を抑え込んで、覚悟を口にした。









 ——因みにハイモンドが別れたのは、エルフィリスにクラリスを護ってもらうためだった。

 更に言うなら走ったのも自分のためであり……エルフィリスの言葉も彼女がたまたま言っただけで、ハイモンド自体はクラリスが心の底で戦いに恐怖しているなど微塵も知らない。


 そもそもこの場に来たのもエルフィリスに勝つためのアイテムを取りに来ただけであり、クラリスを連れてきたのも自分の預かり知らないところで死んでしまっては困るという単純な理由だったりする。


 

 つまり——互いの思惑は面白いほど食い違っていた。

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