第13話 瞬殺の不死者さん、参上!!
——緊張する。吐きそうだ。
王城の廊下を歩きながら、胸を撫でる。なんならお腹も痛い気がしたのでもう片方の手でさすっておく。
俺がこうなっている理由など明白。
自分より年上の人たちの前に立つこともそうだが、安価でやることとなった『謎の予言者に憧れる激痛厨二病ムーブ』のせいで余計身体が不調を訴えているのだ。
後悔先に立たず、という言葉があるが……まさに今の俺の状態がそれに該当するだろう。
覚悟したとはいえ、緊張するものはするのだ。
不幸中の幸いなのは、この場にもあの場にもクラリスがいないことだろう。
「…………うっぷ」
「……緊張には、深呼吸をするのがオススメです。数を数えながら、ゆっくりと繰り返すことで多少は改善されるでしょう」
えずく俺をどこか同情の籠もった目で見つめるのは、昨日俺を追い掛け回してくれたヘルパスだ。
といっても、彼にはちゃんと謝罪してもらったし彼の取った行動も十分理解できるものなので、今更グチグチ言うつもりはない。
「そ、そうか……ありがとう」
「いえ、感謝には及びません。……それにしても、貴方が『小心者』というのは本当なのですね」
意外だといわんばかりに糸目を僅かに開けたヘルパスが言う。中々に酷い確認ではあるが、事実なので何も言い返せない。……ぐすん。
「……陛下から聞いたんですか?」
「そうですよ。それと、私に敬語は不要です。貴方の言葉を信じられず、貴方が行動を起こさなければ全てが手遅れになっていた無能ですので」
さてはこの人……結構失敗を引き摺るタイプだな? まぁ……短期間に二度も失敗すればこうもなるか。
俺は自嘲気味に吐き捨てるヘルパスに同情の視線を返しつつ言葉を返す。
「遠慮なく言葉に甘えるとしよう。だが、別にアンタを見下しているわけじゃない。アンタの落ち度は陛下に一度相談しなかったことだけだからな」
「……寛容なお言葉、感謝いたします」
ヘルパスが恐縮した様子で頭を下げる。いや重いよ。マジでそんなに気にしてないから元気だしなよ。
「…………それで、なのですが……」
頭を下げていたヘルパスが顔を上げてふと口を開いた。
そしてジーッと俺のとある部分を見つめながら言った。
「…………その目は、どうなさったのですか?」
——片目だけ金色となった俺の瞳を見て。
昨日の今日で片目だけ色が変わるなんて、魔法のあるこの世界でもあり得ない。
つまり俺の片目が金色になっている原因は——
「——カラコンだが?」
なんの変哲もない、ただのカラーコンタクトであった。
当然、安価のことなど知らないヘルパスは困惑顔を晒している。
「……どうしてカラコンを?」
「かっこいいからだ」
俺の言葉にヘルパスは沈黙。彼の口はあんぐりと開いていた。
対する俺は、外面こそ平常通りではあるが……常時更新され続ける黒歴史メモリアルに半泣きである。なんなら心の中では羞恥によって号泣である。
「因みに貴族たちの前では眼帯を付ける」
「そ、そうですか……」
やめてやめて。そんな冷めた目で俺を見ないで?
「……そ、それでは、そのマントは……」
「ただのマントだが?」
「…………理由をお聞きしても?」
「ミステリアスな感じが出てかっこいいからだ」
黒を基調とした、先の方がボロボロになったフード付きマント。
それを内心羞恥に悶えながらもかっこよくはためかせる俺を前に——ヘルパスは再び沈黙。コツコツ靴が奏でる音だけが廊下に響く。
ヘルパスの顔が驚きからコイツヤバ……という顔になっており、先程よりも一層重苦しい沈黙となっていた。
きっと今のヘルパスの脳内は『え……コイツ緊張するとか言ってるくせにより目立つこと間違いない恰好してるの? もしかしてコイツ生粋のアホなのか……?』と困惑が渦巻いていることだろう。
当事者である俺ですら思っているのだ、ヘルパスが思わないわけがない。
なんて無駄に困惑させてしまったことに申し訳なく思う俺に、ヘルパスが残念な者を見るような眼差しで言った。
「…………正気ですか……?」
俺もそう思う。
「——もうそろそろだそうです」
ヘルパスが何やら耳を押さえたかと思えば、真剣な表情で宣う。
きっとオルカスからだろう。どうやら耳に何かしらの通信魔導具を付けているらしいが、尖った耳を隠すのと同じ要領で見えなくしているっぽい。
「……そうか」
俺はいそいそと眼帯を付けながら短く返すが、内心はもう羞恥でどうにかなってしまいそうである。
今の熱を帯びた身体なら、どんな病原菌も俺の体内で死滅させられそうだ。やったね、病気に掛からなくなったよ! ……代わりに厨二病に掛かるけどね!(泣き)
「…………」
時が進むに連れどんどん死にたくなってきた俺を他所に、無情にもその時はやって来てしまった。
「——ハイモンド様、出番です」
ヘルパスが俺の耳元で囁き、俺の斜め後ろに控えると共に騎士たちへと目線だけで指示を飛ばした。
騎士たちはしっかり彼の指示を汲み取り、一切乱れのない揃った動きで高さ数メートルはありそうな玉座の間へ続く扉を開けると同時に——俺の視界に玉座の間が飛び込んでくる。
——百を優に超える貴族たちの姿が。
見た感じ二十代から七十代まで幅広く揃っているが……誰もが俺より年上。
彼らは扉から王座まで続く一直線のレッドカーペットを空け、囲むように両隣りに所狭しと集まっていた。
そんな彼らは——全員が俺を見ていた。もちろん驚愕の顔で。
まぁ当然と言えば当然だろう。
この場にはオルカスはもちろん、国の重鎮もいる厳格な場である。
ここで、今の俺の恰好を思い出してほしい。
服こそ礼服ではあるが……その上には黒のボロボロのマントを羽織るだけに留まらず、フードを被り、挙句の果てには眼帯まで付けているのだ。
——はい、立派な不審者の完成です。
とはいえ一応この恰好はヘルパスにも見せている。
それでも正気かは聞かれたが苦言を呈されていない辺り、オルカスには許されているのだろうが……まぁ普通こんな格好しないよね。うん、知ってる。
俺は騒然とする貴族たちの間を、厨二病らしく闊歩する。
正直死ぬほど恥ずかしいが、ここで怯んではいけない。怯んだ瞬間より恥ずかしくなるだけだ。
意識して威風堂々と進む俺の全身に、絶えず無数の視線が突き刺さる。
凄い、物理技かってくらいチクチクするんですけど。その内全身に穴が空きそう。
…………し、死にてぇ〜。
俺は込み上げてくるそんな思いを飲み込み、玉座へと続く数段の階段を登る。
登り終えた先には、表情こそ厳格だが目が爆笑しているオルカスの姿。
「…………ふっ」
前言撤回。鼻も口元も笑っている。
非常に腹立たしいが……誰でもない俺がやったことなのだ。
俺がグッと怒りを抑え込んでいると。
「——では、紹介しよう。彼こそ——今回の立役者である」
まだ前を向いていない俺を置いてオルカスが言葉を紡ぐ。
「自己紹介をよろしく頼むぞ」
ニヤニヤニヤニヤと目が笑っているオルカスが向かい合う俺を見つめる。
こちらも負けじと睨み返しながらも……小さく一息。
——覚悟は決まった。
俺はシンと静まり返った玉座の間にて数多の視線に晒されながら……カラカラに乾いた喉を力強く震わせた。
「俺の名はハイモンド・ルクサス。ルクサス家次期当主にして当代随一の天才……というのが一般的に知られている俺の情報だ。しかし——」
きっと貴族の誰もが意味を理解できないだろう。
だって自分でも何を言っているのかよく分からないんだから。
だが、一度始めてしまえば——後戻りはできない。
「ハイモンド・ルクサスなど仮の名に過ぎない。全知全能の神が遣わせし代行者たる我が真名は——」
俺は振り返ると共に『バサァァッ!』とローブをはためかせる。
続けて左手でフード、右手で眼帯を無造作に外し——様々な情緒が乗った全ての視線を受けながら、渾身の決め顔&決めポーズを決めるのだった。
「——『
あぁ、誰か殺してくれ。
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