第2話 瞬殺の不死者さん、嘆く

「——やっぱり人間は集まってなんぼだな」


 俺は目の前に現れていたホログラムのような画面を閉じ、椅子に身体を預ける。

 まだ転生してから数時間。冷静になるには些か時間が足りないが、スレ民たちのお陰である程度落ち着くことができた。


「……これが俺の身体か……」


 嘆息を一つ、視線を自らの身体に向ける。

 16とは思えない筋肉質な腕。ゴツゴツした手。服の上からなぞっても分かる隆々とした胸板や腹筋。

 軽く拳を握れば、体感だけでも分かるくらいの力が籠めれた。これ、余裕で100キロとかあるんじゃないか? つまり俺はゴリラに転生したわけだ。やったね!


「……ステータスもある、と」


 それも、どうやら口に出さずとも心で『ステータスよ、出ろ!』と思うだけで表示されるようである。便利だね。


 ステータス表記は、ゲームの時より少し少ない『HP』『MP』『力』『魔力』『魔防』『物防』『速度』の7項目。

 『会心』やら『命中率』などがないのは、現実だからだろうか?


「……それにしても、低すぎるだろ」


 俺は分かってはいたものの、ハイモンドの悲しすぎるステータスを前に思わず零す。

 

 基本『HP』『MP』を除いたステータスは『999』が上限なのだが……ノーマルモードをクリア出来るレベル40を目前にして、ハイモンドの『魔防』は——



 ——『13』。



 もう一度言おう——『13』だ。

 絶望的な数値である。加えてレベルMAXでさえ『20』にしかならないのを鑑みれば……もう言葉も出ない。雑魚キャラの範囲魔法で一発KOである。


 流石『瞬殺の不死者フラッシュ・アンデッド』と言わざるを得ない。

 彼のスキルの対価で『MP』も中々に低いが……これはまだ許容範囲内。だが魔防、お前は駄目だ。


 とはいえそれでもハードモードで使われる所以は、その二つを除けば近接最強キャラと遜色ないほどに高いステータスだった。

 オマケに一秒毎に『HP』の十分の一が回復するのだから、玄人がガチでやる時にこぞって使うのも納得である。


「これで魔防が『100』もあれば、ハードモード界ぶっちぎりの最強キャラだったろうに……運営もいい塩梅の調整をするじゃないか」


 だからこそ神ゲーと評される作品になったのかもしれない。


 なんて考えていると……コンコンコン、というノックの音が俺の耳に届いた。

 予め呼んでいた剣術部の副部長だろう。彼女はスレ民に出してもらった案を実行する上で欠かせないキャラなのだ。


「……部長、ヘレミア、です」

「入れ」


 やっぱりそうだった。いや、呼んでから1分ちょっとしか経ってないのにもう来たの? 速くない? 実は扉の直ぐ近くに潜んでた?


 招集から到着までの速度に舌を巻きつつも、部屋に入ってきた少女に目を向ける。

 肩辺りで切り揃えられた真紅というより深紅の髪。鮮やかな真紅の逆台形の瞳に、均整の取れた端正な顔立ち。身長は……うん、ちっこい。


「ん、死にますか?」

「物騒だなおい」

「……!?」


 何処からともなくナイフを取り出し、俺の首筋に当てる少女の姿に俺が反射的に声を上げれば、何故か少女が驚きの表情を露わにした。


 ……どうして驚いてんのコイツ。今の会話の一体どこに驚く要素があった? つーかそんなことよりナイフを退けろ。怖いから。


「……部長?」

「それ以外に誰に見える? もし別人に見えるなら一度眼科に行った方がいい」

「……なんでもない、です」


 そのなんでもないって気になるランキング堂々の一位だからな。誤魔化すならもっとマシな言い訳を考えようね。主に俺の心臓のために。


 俺は背後にナイフを持って佇む少女——暗殺者一家のエースであるヘレミアに内心ビクビクしながらも、気取られぬように毅然とした態度で告げる。


「——ミストリス、依頼だ」

「……それは、個人?」

「いや、ルクサス家として依頼をしたい」


 ヘレミアを家名で呼んだことにより雰囲気が変わった。

 無気力な様子から一転、どこかピリッとした空気を孕んだ仕事人の顔になる。相変わらず真紅の目は眠そうではあるが。


「……内容は?」

「クライフィーバー家の悪事を全て掴め。期限は三日……いけるな?」


 俺が肩越しに尋ねれば——ヘレミアは一瞬の躊躇いもなく頷いた。


「ん、余裕」

「なら行——」


 そう送り出そうとした瞬間——視界が暗転した。










「——ここは……」

『む、起きたようじゃな!』


 俺が辺りを見回して呟けば、何者かの若干焦燥の混じった声が聞こえてくる。

 ただその声というのが非常に聞き覚えのある声だったので……小さく嘆息を一つ、振り返った。


「なんの用ですか——神様」

『うむ、数時間振りじゃなっ! 元気にしとったかのぅ?』


 10歳いかないくらいの幼女の姿をした神様が、幼い顔に似合った無邪気な笑顔と共にぶかぶかの着物を引き摺りながら駆け寄ってくる。

 

「元気か聞くほど時間は空いてないんですけど。それと、いい加減着物の大きさを自分の背丈に合ったものにしたらどうですか?」

『? 何を言っておる、この服はお主の好みの反映じゃぞ? つまりお主は——』

「なんの用で俺を呼んだんですか? つい数時間前に送り出したのに」


 これ以上はマズい、と慌てて話を遮りつつ話題を逸らす。

 ところがどっこい、神様はニヤニヤと腹立つ顔で横腹をつついてくるではないか。


『そんな恥ずかしがることもなかろうて。この空間での出来事は現実世界の一秒に過ぎないのじゃ、存分に見てもよいぞ!』

「語弊がある。俺は別にのじゃロリが好きなわけじゃない……おいなんだよその目、俺は嘘は言ってないぞ! ただ神様のイメージがのじゃロリだっただけだからな!」


 俺がニヤニヤ揶揄うような笑みを浮かべる神様に敬語も忘れて反論すれば、分かっているといわんばかりにススッと近付いてくる。


『分かっておる、恥ずかしいのじゃろう? お主の世界では妾のような見た目の子が好きだとロリコ——』

「神様俺になんの用なんですか!? いい加減教えてください!」


 危うく俺に変なレッテルが貼られそうだったので、強引に話題を変える。

 流石の神様もこの話題を続けるのは愚策だと思ったのか、仕方ないとばかりに肩を竦めた。……同い歳くらいの見た目ならぶん殴ってやったのに。


『して、お主を呼び出した理由じゃが……ちょいと予想外の自体が起きて緊急事態なのじゃ』

「緊急なら先にそっちの話をしろよ」

『うむ、緊急は緊急じゃが……この世界だと別に急いで話したところで意味ないからのう』


 それはまたなんとも都合の良い世界で。


『いや、時が流れんというのも酷なものじゃぞ』

「俺に言われたって知りませんよ……ところで、その緊急の用事とは?」


 一先ず冷静さを取り戻した俺は、彼女から少し距離を置いて尋ねる。

 神様が緊急というのだ、その用というのは相当なことなのだろう。

 しかし俺は時間のない身。正直言って神様に付き合っていられる時間はないのだ。


『そう焦るでない。お主にも関わることじゃ』

「俺にも?」


 いやそりゃそうか。じゃないとこんな場所にわざわざ呼ばんわな。


『うむ。お主を呼ぶのも大変だからのう……して、お主を呼んだ理由じゃが——』


 表情を一変させ、真剣な面持ちとなった神様が口を開いた。











「——? ……部長?」


 神様の場所から戻れば、不思議そうなヘレミアの顔がドアップで映る。近い近い。

 俺は、心臓に悪い、とそっと椅子を引くことで彼女との距離を取りつつ告げた。


「…………更だ」

「? 部長?」

「——依頼変更だ! 今直ぐ潜入して今日中にクライフィーバー家の悪事の証拠を掴め! 報酬は君の望むことを叶える、でどうだ!? というかそれで受けてくれ、頼んだぞ!」


 驚きを隠せないといった面持ちのヘレミアを他所に、俺は焦燥を隠さずズンズン足音を鳴らしながら外へ向かう。

 しかし扉に手を掛けたところで、硬直の解けたヘレミアが呼び止めてきた。


「どこに行く、ですか?」


 そんなの一つに決まっている。







「——王城だ、今から国王陛下に直談判してくるッ!」







 ——今日の夜に主人公が殺されることになった。


 神様より受けた言葉である。

 人を舐めるのもいい加減にしろと言ってやりたい。


「ちぃっ……最悪も最悪だ——ッ!!」


 俺は神様の言葉を頭の中で反芻させながら、全速力で廊下を爆走するのだった。



「——スキル『スレッド』!!」

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