第10話
彼らの入ってきた扉とは反対側の壁の一部が白く輝いていた。
四体のロボットたちは、任務完了の合図が来たのだろう、出てきた壁の中に入っていった。
「やっぱり最低限一人は必要なんだね」
ジュンが言った。
「元が何人居たのか知らないが、その中のもっとも優秀な一人を選ぶのがやつらの目的みたいだな」
「さて、何が待ってるんだろう。わくわくするよ」
「俺は気味が悪いな。引き返す道があるのならそうしたいくらいだ」
緊張をほぐすための無駄口を言い合った後、二人は輝くドアを通り抜けた。
狭いボックスだった。
これはエレベーターだ。そう言う前にそれが上昇を始める。
数秒のことがすごく長く感じた。
それは動き出したときと同じくらいに唐突に止まった。
一瞬体重が抜ける感覚。
いよいよ、この試験を実施した者に会うのだ。
真相がわかる。
それは一体どんな事なのだろう。
恐れと不安が彼の心を埋め尽くすが、逃げ出さずにしっかり足を踏ん張っていられるのは、一人じゃないからだった。
ジュンも同じように思ってくれてるのだろうか。
ジュンの方を見ると、目が合った。
ジュンはにっこり笑って、大丈夫と一言言った。
白いドアが横にスライドした。
ざわめきが聞こえる。
暗い板の間が目の前にあった。
細長い部屋なのか?
二人はドアを出て、その板の間に立った。
とたんに強い光が二人を射抜いた。
眩しくて周囲が見えない。
やっと目が光に慣れてくると、そこがステージの上だというのがわかった。
合格者の表彰式か?
「おめでとう、君たちが合格です」
透き通るような高い声が祝福の言葉を述べた。
見ると、奥の方に一人立っていた。
髪の長い人間だった。肩幅が狭く、腰が太い。
「見て、すごい人」
ジュンの指差す方を見ると、すり鉢状になった席に数千人という人間が座っているのが見えた。
皆一様に髪が長かった。
「でも、変な人たちだね、ちょっと変わっているというか」
ジュンもここの連中に対して違和感を持ったらしかった。
「本当は一人だけが合格なのですが、今回は仕方ないでしょう。しかし今回みたいなのは初めてでした。ドアを壊されるなんてね。あの辺はもう少し考える必要がありますね」
司会者というのか、そいつは自ら拍手を始めた。
会場の観客が同じように拍手するから、二人で話もできないくらいに拍手の渦になる。
しばらくして司会者が手を上げると、それに応じて拍手はまばらになり、そして静かになった。
「お前たちは何者だ? この船の生き残りか?」
彼の問いかけに、司会者が答える。
「生き残りといえばそうなるわね。とにかく最初から説明します。まず、私の名前はネイサン。この宇宙船の船長をしています」
「僕たちをどうするつもりだ?」
ジュンが質問するが、ネイサンは首を振る。
「ちょっと待って、初めから説明しないとわからないでしょう。あなたたちは驚いたことに倉庫の扉を破って、中の記録を見たから少しはわかってるはずね。あの船内報に書いてあったことは事実なのです。船が出発して24年後に伝染病がはやって大勢の犠牲者が出ました。たくさんの男たちが死んでいった」
ネイサンが言いながら近づいてきた。
シルエットだけしか見えなかったのが、顔つきまで見えるようになった。
美しい人間だった。きりりとした眉に長いまつげ。切れ長の眼は射抜くような力を携えている。
「でも女は一人も死ななかった。あなた達には女という概念はないからわからないでしょうが、ここにいる全員、あなたたち以外は女なのです。男と女。人間には二種類あるのです」
二種類といわれて混乱してしまう。
どうして男だけではいけないのだろう。記憶を探ってもその理由を思いつかなかった。
「あなた達はあのカプセルで生まれて育てられた男です。教育するプログラムもたくさんの種類を試してみた。できるだけ強い男に育てたかったから。中には凶暴すぎて使い物にならない性格になるプログラムもあったけど」
凶暴という言葉で、ジュンを襲った男が思い出された。
罠まで仕掛けて通りかかるのを待っていた男。
「あのカプセルで生まれて育てられたわけか。知識を植えつけられただけなんだ、脳の中に。それなら記憶もあるわけがない。あそこで目覚めたときが生まれた時なんだったら」
ジュンが横で呟いていた。
「女の知識を教えなかったのは、その必要がなかったからです。男しかいない世界に生まれるのに、女の知識は要りませんからね」
「向こうには男しかいないのか、そしてここには女しかいない。なぜなんだ?」
彼の質問にネイサンが答える。
「伝染病の所為よ。この船の乗員のほぼ全員が感染したけど、発病したのは半分だった。その半分はすべて男でした。男だけが発病する病気だったのです。男はほぼ全滅。その後に生まれてくる数少ない男と、生き残ったごくわずかな男だけがY遺伝子を持っている存在になった。Y遺伝子がなくなればこの船の人間は存続できなくなる。それからはY遺伝子を絶やさないことだけが考えられました。女はほとんどウィルスに感染しているから、生まれてくる男たちのために男女の住処を分ける必要が生まれました」
待てよ。
女は保菌者だと? ではここにいる女たちはどうなのだろうか。
「ちょっと待て。その病気のワクチンはできているんだろう。それなのに今でも分けてるのはどういうことだ?」
伝染病から200年近く過ぎてるのだ。
「ワクチンはできていないわ。女は発病しないからその必要性が低かったのもあるし、今の制度がとても合理的でうまくいってるというのもある」
なんとも勝手な言い分に思えた。
「もうひとつ、200年もたつのに目的地にまだ着かないのは?」
今度はジュンが質問した。
「隕石でエンジンが壊れてしまったのよ。3機のうちの二つが。それで時間がかかってる。エンジニアの男がみんな死んでしまったから修理もできないの。では話を進めるわよ。200年たつうちに男の数も次第に増えていった。しかしワクチンが出来てない以上男と女が同じ場所に住むことはできない。そして私たちが子供を生むために男のY遺伝子を採取する必要がある。できるだけ活きのいいY遺伝子をね」
「そういうことか。そのための試験だったんだな。しかし変だ。向こうには僕ら以外にもたくさん男がいるんだろう? この試験の受験者以外の男たちは?」
ジュンが叫んだ。命がけの試験は体力知力に優れた遺伝子を採取するためだったのだ。
「あなたたちを育てるためや、ロボットのメンテナンスなどのために100人くらいは男が居るわよ。でもあなたたちと接触することは禁じています。試験の邪魔になるから」
目覚めてからこれまで、疑問に思っていたことがどんどん解けていく。
しかし、真相がわかることが必ずしも快感とは限らないというのがよくわかった。
非人道的だとなじりたい気持ちに拳が震える。
男たちが喜んでその境遇に甘んじているとは思えなかった。
数の力でねじ伏せられてるのに違いないのだ。
「でもね、男はいつの時代も命がけで自分の遺伝子をたくさん残そうとしているものよ。人が生きるということは、自分の遺伝子を後世に残すことこそに意義がある。あなた達はここにいる女たちに子供を生ませることができるのだから、幸運なのよ。あと二週間しか生きなくてもね、あなたたちの遺伝子は多くに受け継がれ長く生きていく」
やはり、と彼は思った。
伝染病のウィルスがまだ生きているのだ。
女たちは保菌者。
その女たちと接触している以上、自分たちはもう感染してしまっているのだ。
「二週間、なのか」
彼は乾いた唇で何とか声を出した。
ネイサンは黙ってうなずいた。
「僕らを自由にしろ!」
ジュンが彼の横から飛び出してネイサンに銃口を向けた。
「おい、止めろ」
止めようとする彼からジュンが離れる。
「あなたたちの自由を奪うつもりはないわよ。今から死ぬまであなた達は自由です。ただ、少しばかり精液をもらいたいだけ、女を抱けとも言わないわよ」
その言葉で少しほっとした。
「ジュン、ネイサンの言うとおりだ、銃をしまえ。そんなことしても意味がない」
近寄る彼の手に、ため息をついたジュンは仕方なく拳銃を預けた。
ジュンの身体をしっかり抱きしめる。
体温が心地よかった。
「映画を見よう。一緒に、最後まで一緒だ」
彼はジュンの耳元に呟く。
彼に答えて、ジュンが小声で話し始めた。
ショックで力の抜けた声ではなかった。
むしろ彼自身よりしっかりした声を発している。
「隙を見て脱出しよう。この船から。外に誰かがいるかもしれない。200年、いや地球ではもっと時間が過ぎてるんだ。相対論的にはね。そこで別の船が作られて、こののろまな船を追い越して行ってるかも知れない。ここよりも数段進んだ文明を持つ、その誰かの船に拾われる可能性もゼロじゃないよ」
「そして、その誰かさんはワクチンだって持ってるか? ますます荒唐無稽になってきたな」
二週間後の死を宣告されているのに、心は穏やかだった。
まだ生まれて一日程度しかたっていないから、生に対する執着心が薄いというのもあるが、おそらくその理由の大半は最愛の者が一緒にいてくれるからだろうと思った。
「荒唐無稽はひどいな、でもSFだって……漫画と言われたっていいさ。生まれて来た以上は、最後までしっかり楽しまなきゃね」
ジュンが、白い歯を見せてにっこり笑った。
闘技場 おわり
闘技場 放射朗 @Miyukiharu
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