特定不明生物AtoZ
コクワガタ
第1話 怪奇青い光
ある日の夜。
それは、その街の片隅に建つ小さなアパートの、小さな一室だった。
部屋の中にはその髪の長い少女しかいなかった。髪や瞳の色といった、身体的特徴は一般的な10代女性の範囲内だった。袖なしの上着に、半ズボンのジーンズ。
変わった点があるとすれば、その左腕だろう。左腕には雪の結晶のタトゥーが彫られている。
その畳張りの狭い部屋は、本棚と机だけでほとんどのスペースが占領されていた。本棚の中には日本の歴史だの、昔の歌謡だのといった本が並ぶ。少女の住む部屋、というよりも、老人が住む部屋のような印象すらあった。
そして、異様なものが1つあった。部屋の隅にでかでかと置かれた大きな機械。昔のSFものの、秘密基地に置いてある巨大なコンピューターを想起させた。上部には大きなスクリーン。下部にはキーボードに似た部分がある。
そして、スクリーンには街中の光景が映っていた。カメラが移動する。住宅街を通り抜けたかと思うと、突き当りにある民家の塀に一直線に迫る。
カメラは進み続ける。普通の地球人なら、ぶつかる、と考えるだろう。
だが、画面が一瞬暗くなったかと思うと、そこには民家の庭が広がっていた。芝生に、木に、リビングに据え付けられた大きな窓ガラス。カメラは家の塀をすり抜けたのだ。
続いてカメラは家の壁をもすり抜け、家の中へ侵入する。そこはリビングだった。夫妻と小さな息子が、晩御飯と思しきカレーを頬張っている。3人そろって野球中継に見入っていた。
そんな調子で、カメラは町中の至る所を回った。辺りの人間を片っ端から見ては、新しい人間を探していく。少女は黙々とその作業を続ける。まるで何かに取り憑かれたかのように、少女はひたすら手を動かし続けた。
そして。
少女の手が、止まった。
彼女の眼前に映っていたのは、ある民家のリビングだった。そこには2人の少年がいる。テーブルの上に座っていたが、食事をしているわけではない。1人はテーブルの上で鉛筆を動かし、何かの絵を描いているようだった。もう1人はテーブルの上に土の入った瓶を置き、それを眺めていた。何か生き物が入っているようだった。
少女は動かなかった。画面の向こうの、2人の少年を見つめ続ける。
少女は、決めた。
翌日。
「気を付け!」
「礼!」
学級委員の水戸の号令。作和(さくわ)高校2年2組の生徒達は一斉に頭を下げる。少し遅れて、教壇に立つ担任の大和田先生も頭を下げた。
「さようなら!」
水戸が声を張り上げる。
「さよーならー!」
その声と共に、各々が散らばり始めた。今週の掃除当番として、ほうきが詰め込まれたロッカーに向かうもの。慌ただしく部活に向かうもの、そのまま帰宅するもの。
俺=須崎ソウタは『そのまま帰宅するもの』の部類に入った。といっても、部活以外で打ち込んでいるものがあるとか、そういうわけじゃない。そんな充実した生活は、俺にとって縁遠いものだった。
俺はそそくさと教室の出口に近付く。クラスメートや教師で俺に視線を向けるものはない。そのままおれは廊下に1歩を踏み出した。
教室を出て、まずは右へ。目的地に行くには、廊下の右側の突き当たりにある階段を降りていくのが1番近いのだ。
俺にとってなるべく早く下校するのは、この学校で過ごすための前提条件のようなものだった。この空間にいる時間を、少しでも削りたいのだ――だが、それはあくまで原理原則の話。時には柔軟性も必要だった。
下卑た笑い声が聞こえてくる。廊下の向こうだ。
誰がいるかは声で分かった。谷口と西野と東田。作和高2年を仕切っているといっても過言ではない不良達だ。
彼らは階段の一帯を占領し、下らない話をしていた。彼らの側を通ろうとする生徒はいなかった。校則など気にせず、スナック菓子すら堂々と食べている姿は、誰も彼らを止めるものがいないというこの高校の象徴と言ってもよかった。そして、奴らにはまだ仲間がいる。3人しかいないだけ、この状況はまだマシともいえる。
俺は元々いじめられっ子だった。なのにこんな高校に通う事になってしまったのだから、もう最悪だ。殴られ、蹴られ、金をかっぱらわれ、パシリをさせられ、教科書やノートを水洗トイレやゴミ箱に捨てられ……と、およそいじめの被害として思いつくものはコンプリートしているといっても過言ではなかった。
なるべく不良達に目を付けられないよう、彼らの視界に入らないように、目立たないようにするのが俺の日常だった。今日はまだうまくいっている日と言えた。ここは一旦戻って、逆側の階段から降りよう。
俺は踵を返して歩き出した。早く1階に行こう。そこに待たせているヤツがいる。
さて、1階。
俺は校長室を目指し、人気のない廊下を歩いていた。教室からも遠く、遊べるスペースもない。ここは不良だけでなく、学生自体あまり寄り付かない場所だった。だからこそ、俺のようないじめられっ子の生徒には都合のいい場所といえた。
校長室の前へ。彼はすでにその場にいた。
「兄貴」
1年の制服に身を包んだ、華奢な男子生徒=千堂シュンジが声をかけてくる。俺もまた手を振り返した。
千堂もまた、入学当初から俺と同じような生活を送っていた。彼と会ったきっかけも、「クラス対抗戦」と称して彼と殴り合わされた事がきっかけだった。で、帰りしなに少し話しているうちに気が合った……というわけだ。
自分で言うのもなんだが、千堂の事はかなり大事に思っている。俺の唯一の友達と言ってもいい。一緒にいじめられている、という連帯感を抜きにしても、気が合うし人としてもまともなヤツだと思う。
振り返ってみれば、彼に会うまでの俺はどこかいじめを受け入れている節があった。初めの頃の気持ちを忘れかけていた。誰の助けもない中で、ひたすら感情を消して毎日をやり過ごす事に慣れていたというか……彼が「こんなの絶対おかしい」と言い続けててくれたおかげで、俺は正気に戻れた気がするのだ。
そして、ここから少し自分語り、いや自分達語りに入らせて頂きたい。
人と違う、という事は時にいじめを行うための大義名分となる。俺も千堂もそうだ。
千堂は特撮が好きだ。ウルトラガイとか仮面ダイバーの類だ。それも悪役が好きとの事で、彼がデザインした怪人の絵をよく見せてもらっている。本人は「筋金入り」と自称しているし、実際彼の家にある本やらフィギュアの数々を見れば彼の言葉は本当であると分かるだろう。俺を『兄貴』と呼ぶのも、本人曰くとあるダイバーを見て一度やってみたかったから、だそうだ。
そして、千堂はネットで、自分が描いたオリジナル怪獣やオリジナル怪人を一部公開してもいる。フォロワーも結構いて、それなりに人気だ。
一方、俺は昆虫が好きだ。より正確には、節足動物全般。カブトムシからフクロムシまで、様々な生き物達に魅力を感じてならない。
虫は嫌い、という人もいるだろう。俺だって子供の頃はそんな時期もあった……しかし、今は虫を嫌いになるなんて想像も出来ない。あの手この手を使って、人間なんかよりもよほど誇り高く必死に生きている。
何よりお互いにお互いの趣味をリスペクトしていた。俺にとって千堂は自分の趣味を馬鹿にしない唯一の人物と言ってもよかったし、それは逆も然りだった。そんなわけで、俺達は仲良くやってきているわけだ。
「行こう」
千堂が呼びかけてきた。俺の家で遊ぶのが恒例になっていた。
街を歩く。曇りだった。人通りの少ない住宅街に、俺達の話し声や足音だけが響いていた。少々遠回りだが、不良達が中々寄り付かないルートだ。俺の高校生活でのベストな発見だと思っている。
目的地は俺の家。実を言うと彼と会ってからというもの俺の家か外で会ってばかりで、千堂の家には行った事がない。千堂曰く、いじめを相談しても『いじめられる方も悪い』とか言い出す親だからなるべく会いたくないんだそうだ。
他愛もない話をしていた。今度再登場する予定の仮面ダイバーの話。ダイバー怪人のモチーフになった昆虫の話。先生の陰口に、お互いのクラスメートの話。
千堂と一緒にいる間は、自分達を取り巻く現実の事を少し忘れる事が出来た。まるで仲のいい友人と他愛もない日々を過ごす、普通の高校生になれたような気分を味わえるのだ。
だが。
急に千堂が声を潜めた。
「兄貴、あそこ!」
千堂が指を差した先にいるのは、谷口と西野と東田だった。スマホをいじりながら、大声で何か話している。
「マジかよ」
俺はうめいた。彼に限らず、不良達の多くはこの道は滅多に使わないはずだ。その『滅多』がどうやら今日らしかった。
仕方がない。彼らに気付かれないように、また回り道をするしかない。
「行くぞ」
千堂に声をかけると、
「なんでオレらがこんな目に……」
と、彼はボソリとつぶやいた。
「オレら、何も悪い事してない。そんなオレらが、何でこんな思いしなきゃいけないんだ」
俺にも答えられない問いだった。たまに考えるたびに、いつも頭が真っ白になるような感覚を覚えた。
そして。
カラン
思わず背筋が総毛立った。足元から乾いた音がした。
缶ビールだった。なぜこんなところに、と頭の中で誰かがつぶやく。
不良達がこちらを向いた。彼らの視線が、間違いなく俺達に向けられている。自分の頬の筋肉が強張っているのも分かった。
「あれえ?須崎?」
谷口の顔に下卑た笑顔が広がる。
「ちょうどいいところにいたなあ。オレ達今日〇〇高の女子に会うから、お金が入用でさあ。お前みたいな優しい奴の助けが必要だったわけ」
くそっ。
何も言わないで立ち尽くす中、心の中でそんな言葉がポロッと漏れた。なんで。なんで俺達、今こんな目にあってるんだ。これはいつ終わるんだ。ずっとこのままだというのか。
谷口達が近付いてくる。俺達はただただ無力だった。この後何が起こるのか分かっているのに、俺達の足は動かなかった。まるでいつの間にか石になったかのようだった。
瞬間。
それは本当に突然だった。
俺の頬をかすめるものがあった。
直感で思い浮かべたのは野球ボールだった。何となく、それくらいの大きさの物体なんだろうか、という感覚を覚えた。だが、頬をかすめて俺の眼前に現れたのはもっと奇妙なものだった。
青い光の玉。そうとしか形容のしようがなかった。淡い青色の、野球ボールくらいの光の玉。それが唐突に、何の伏線も脈絡もなく、俺達の背後から飛び出してきた。
俺達だけじゃない。谷口達も驚いただろう。だが、光の玉が行動するのは谷口達が反応するよりはるかに早かった。
光の玉が谷口の胸に命中。衝突音は全くしなかった。だが。
一瞬、谷口の体から力が抜けるのが分かった。光の玉が谷口の背中から飛び出す。そして近くにいた西野の下に向かう。
谷口はまるで糸の切れた操り人形のようだった。完全に重力に身を任せ、一瞬両腕や上半身が奇妙な方向に曲がる。そのまま彼は、乾いた音と共に頭から地面に倒れ伏した。
光の玉は止まらなかった。西野、東田。2人とも、谷口の異変に驚くヒマすら与えられなかった。光の玉に貫かれた瞬間、彼らは全く同じように倒れ伏した。
玉は東田の体を突き抜けた後、空中で静止した。まるで俺達を観察しているかのようだった。
俺達はただ立ち尽くしていた。目の前の光景を見つめて、それがどういう状況であるのか考え続けていた。頭はやたら活発に動いているのに、思考は少しも進展しなかった。
今何が起こった?俺達は何を見ているんだ?彼らはどうなってしまったのか……。
瞬間。
「死んだっすよ」
突然後ろから聞こえてきたのは乾いた声だった。俺達と多分同年代くらいの、女の声。
俺達が振り向いたのは、全くといっていいほど同じタイミングだった。
奇妙な格好をした少女だった。髪や瞳の色といった、身体的特徴は一般的な10代女性の範囲内だった。しかし彼女の服はかなり派手だった。袖なしの上着に、半ズボンのジーンズ。左腕には雪の結晶のタトゥーが彫られている。
俺の目は自然に千堂の方を向いていた。意味の分からない状況を前に、彼にすがるような気持ちがあった。千堂は千堂で同じ事を考えていたらしい。彼も俺の方を向く。俺達の目が合う。
俺達が状況を理解していない事を、彼女はお見通しのようだった。
「だから、死んだんすよ。彼らはもう目も開けないし、起き上がる事も、しゃべる事もない。よかったっすねえ、嫌なヤツが死んで」
そう言われても、俺達は何も反応しなかった。出来なかった。彼女の言葉で、今の戸惑いが払しょくされるわけもなかった。
死んだ。彼女はいきなり言ってのけた。正直、実感もクソもない。だがその言葉を証明するかのように、目の前に倒れた谷口達はピクリとも動かない。
「んー、反応が微妙!2人ともリアクション薄いなー!せっかく2年間君らを苦しめてきたクソみたいな連中から解放してあげたっていうのに……あ、千堂君は1年か」
「なんでオレの名前を……」
千堂がつぶやく。
独り言のつもりだったのだろう。だが少女に
「君らの事随分調べたんすから、これくらい当たり前っすよお?」
と言われ、千堂はビクッと肩を震わせた。
「やだなあー、そんなに怖がんないでほしいっす。いじめっ子から助けてあげたんだから、むしろ味方じゃないっすかあ……今はね」
少女はケラケラ笑った。
少女は俺の名前を言い当ててみせた。それだけでなく、俺達の趣味まで暴露した。千堂が最近『オルフェ』や『エノク』という特撮怪人にハマっている事、俺が去年チャドクガの毒にやられた事……。
背筋がゆっくりと冷たくなっていった。確実にお互いしか知らない事を、彼女は何の気なしに言い当ててきた。
何なんだコイツ。なぜ俺達の事をこれだけ知っているんだ。なぜ他の連中じゃなくて、俺達を調べたんだ?
「あ、そういえば名前言ってなかったっけ?」
少しわざとらしく、少女は両手をポンと合わせた。それから改めてこっちに視線を映す。
一瞬だけ彼女の顔が、真剣な面持ちになったような気がした。
「わたし、マオっていいます。君らが知るべきなのは現状ここまでっす!よろしくお願いします!」
マオと名乗った少女は元気よく頭を下げた。フレンドリーだった。まるで俺達と最初から旧知の中だったみたいだ。
「よ、よろしくお願いします……」
つられたかのように、千堂が小さな声を出した。マオは愛想のいい笑顔と共に俺達を見つめ返す。
「で、早速本題に入りたいんすよ。君らにはわたしに協力してほしいんす!」
「協力?」
今度は俺が聞き返した。
「そう、協力っす!わたしのために働いてほしいんすよ。君らに声かけたのも、この仕事で活躍できそうだなー、って思ったからっす。ちなみに……」
マオが息を切った瞬間、青い球がいきなり動き出した。しかもこっちに迫ってくる。
俺も、千堂も、全く反応出来なかった。そのまま青い球が俺達に迫る。
胸に重い感覚を覚えた。青い球が、俺達の体を突き抜けた。
体に冷たいものが走る。さっきの光景が頭に思い浮かぶ。
だが、俺は地面にぶっ倒れたりしなかった。千堂も同様だ。俺達は死んでいない。
だが、胸の中に何か重い感触があった。何か埋め込まれた、と俺の感覚が告げる。それが何かは分からない。だが、多分……俺達が谷口と同じ目にあう条件は、もう整っている。
「すごく協力する、とものすごく協力する、しか選択肢はないっすけど、それは大丈夫っすよね?」
千堂が息をのむ小さな音が、俺の耳にも聞こえてきた。
「……何をすればいい?」
正直、自分でも驚くくらいスムーズに言えた。本当は口を開いただけでも殺されてしまうんじゃないか、と思うほどだったのに。
「いいっすねえ話が早くて!その一言が出るのに結構時間かかってイラついちゃう、なんて事も結構あるんすよ」
マオが笑う。朗らかな笑み。
未だにわけが分からない。今俺達がどういう状況にあるのか、頭が考える事を拒否しているような感覚さえ覚えた。だが、少なくとも今はマオと名乗る少女の言う通りにしなければ。
「とりあえずっすねえ……まずは千堂君の家にちょっと寄るっすよ!」
「オ、オレの?」
千堂は思わず目を丸くしていた。俺もだ。なぜ千堂の家なんだ?ただの一般家庭だ。そこに何の用がある?
「まずは千堂クンの家に行かないと、話が始まらないんすよ。千堂クンに、必要なものを取ってきてほしいっす」
マオが歩き出す。千堂の家のある方角だった。俺達の家の場所もすでに知られているのだ。
千堂と目が合った。不安げな視線が俺を見つめ返す。
「行くぞ」
俺は声をかけた。頼りがいありげな声になるように努めた。
千堂が怯えるのも当然だ。俺だって十分怯えてる。だが、今の俺達に他の選択肢など存在しない。
千堂の家には本当にちょっと寄っただけだった。それも、俺とマオは家の前で待機。千堂が書き溜めている怪人だの怪獣だののスケッチを取りに行っただけだ。
加えて、マオは1つ奇妙な条件を付けた。
「すでにネットに公開してるヤツはダメっすよ」
というのだ。そこで、千堂は俺にしか見せた事のないというスケッチブックを持ってきた。
正直、何がしたいのか全く分からなかった。千堂もスケッチブックを抱えながら、分かりやすく困惑の表情を浮かべていた。だがマオはそんな俺達に構わず、
「さ、移動移動!今から行くのが本来の目的地っすよ!」
と元気な声を出す。
午後4時を回った直後くらいの、まだ昼下がりの住宅街。学生服の男2人と、派手な格好をした少女1人の組み合わせは、傍から見ればそれなりに奇妙なものだろう。
重苦しい気分だった。人が死ぬところを初めて見た。人ってあんな風にあっさり殺せるものなのか。マオとかいう少女は、あんな風にあっさり人を殺すような相手だというのか。
「善は急げっす!行きましょう、行きましょーう!」
陽気な声と共に、マオは歩き出した。
数十分歩き、着いた場所はアパートだった。薄紫色の壁の、古ぼけたアパート。側の駐車場には車が数台止まっており、人は普通に住んでいる事を伺わせる。
俺と千堂は顔を見合わせた。2人とも足を踏み入れた事のない場所だ。
「ここの一室に住んでるんすよ」
そう言いながらマオは自身を指差した。
「さ、女の子の部屋に入れるチャンスっすよ!レッツゴー!」
マオは意気揚々と歩き出した。正直、恐怖よりも困惑の方が強くなっているような感覚すらあった。
とにかく行かないわけにはいかない。俺達はそろって歩き出した。
マオの部屋は2階にあった。廊下の隅っこにある一室だ。マオはポケットから鍵を取り出し、何食わぬ顔で鍵を開ける。それから、俺達にも入ってくるように促した。
部屋の中も普通の一室だった……というか、マオのような派手な女子が住むには少し不自然な感じもした。棚には古ぼけた日本史や歌謡の本が並んでいる。木製の古い机の上には新聞や本が無造作に積んである。若者らしいものは皆無で、独居老人の部屋のような印象を受けた。
というか、マオの言葉が正しければ、本当に独居老人の部屋だった。
「わたしがこの部屋見つけた時点で死後1カ月、って感じだったっすねー。最期は看取る人も連絡をよこしてくれる人もなく……ってとこでしょうね。
もちろん部屋の掃除はしてるっすよ?んで、ご老人の口座から水道代も光熱費も家賃も引き落とされてるおかげで、今もこうして怪しまれる事もなく住めるわけっす。ここのマンション管理してる不動産屋さん、部屋さえ貸したらあとはそれっきり、みたいなスタンスらしいっすねえ」
そんな事を言いながら、マオはある一室のドアを開けた。
「なんだコレ……」
その光景を前にして、思わずそう口を出さずにはいられなかった。
ごく一般的な書斎と言ってよかった。その書斎のど真ん中に、昔のSF映画に出てきそうな、どデカい機械がドンと置かれていた。上部には大きなスクリーン、下部にはキーボードと思しき部分がある。スクリーンの画面はついていなかった。
「必要なものは、まずこれ。プロジェクター、って名前っす」
マオは機械を指差した。
「次に、これ」
マオはポケットに手を突っ込んだ。何かを取り出す。
「メダル?」
今度は千堂が怪訝そうな声を出した。白い背景に火が描かれている。
「このメダルはわたしが一括して管理してるっす。メダルが欲しかったらわたしに言ってほしいっすよ」
マオは機械のキーボードの上にメダルを置いた。そしてこう付け足す。
「そして最後に必要な物……それは、千堂クンの書いてたあの絵っすよ」
「え?」
千堂は怪訝な顔をした。俺もだ。マオの意図が全く読めない。
「ほら、怪人の設定とか考えてるはずじゃないすか!何でもいいから、火を吹く怪人出してほしいっす!」
「火を吹く怪人……」
千堂は少し考えるような仕草。そういう怪獣や怪人なら、結構多く描いていたはずだ。
千堂はカバンを置き、スケッチブックを取り出した。しばらくページをめくった後、ある1ページを見せる。
「コイツとか?」
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