第3話 こういうの好き?
「ラブコメの話?」
「うん。だって私がラブコメ好きだって知ってるの
「知ってるっていうか、
「もう! そんなことはどうでもいいの!」
「言ってることめちゃくちゃだけどね」
咲宮さんが怒ってるところ初めて見た。でもなんというか、ぷんすかって感じで全然怖くない。むしろ怒っても可愛いとかズルい。
「ほらっ、見て! 今この教室には私達の他に誰もいないんだよ」
咲宮さんはそう言うと俺の隣の席からイスを抜き取り、俺の横に置いた。
そこに咲宮さんが座ったため、俺は横から見られていることになる。
「さあ、蒼野君もこっち向いて」
「いやあのさ、前の席に座ればいいんじゃない? そうすればちょうど机を挟んで対面になるし、そのほうが話しやすいと思うんだ」
「もう! そんなことはどうでもいいの!」
なんだか都合の悪いことは全部その言葉で済まそうとしてる気がするんだけど。
でもここは咲宮さんの言う通りにするかな。
「うん、素直なのはいいことです!」
そう言いながら、ふふんっ! とイタズラな笑みを浮かべる咲宮さん。
「それでラブコメの話ってのは具体的にどんな話?」
「ラブコメあるあるだよ」
「あー、確かにそれはあるな。定番っていうのか、いろんな作品に出てくるシチュエーションがあるね」
「そうなの! それでね、どんなのがあるかなーって」
「そうだなぁ……、女の子の着替えを偶然見てしまって第一印象が最悪になる、とか?」
(あ、しまった……。女の子相手に言ってはいけないことだったかも)
「うんうん、そんな感じ! その時に見られたのが可愛い下着じゃなかったら困るもんね」
「え……? そ、それよりも俺が言ったのは男向けラブコメのことなんだけど、咲宮さんも見るんだ?」
「うん、見るよ。私の場合は女の子に感情移入しながらって感じかなぁ」
「そうなんだ」
そうだよな、女の子が男向けラブコメを見たって何の問題も無いし、その逆だっていいわけだ。そんな時代になってきてるような気がする。
「咲宮さんは何を思い浮かべる?」
「んーっとね、二人で体育倉庫に閉じ込められるとか?」
「あぁー、俺もそれ好きだ。そんなことあり得ないって思いつつ、そんな展開になってくれって願ってしまうよね」
「だよねっ!? やっぱり密室で二人きりってドキドキすると思うの! それでなんとか外に出ようと協力しているうちに、お互いの知らなかった一面が見えちゃったりなんかしてね!」
興奮したのか、前のめりになった咲宮さんの顔が一気に近づく。もしも俺がこのまま咲宮さんと同じ体勢になれば、二人の唇が触れてしまいそうなほどに。
「そ、そうだね。あとは……、風邪で学校を休んだ主人公の家にヒロインが看病しに来る、とか」
「うんうん! もし蒼野君が風邪で休んだら看病してあげるね!」
「そ、そう? ありがとう。じゃあ今度は咲宮さんの番だ」
「えーっとね、隠れるために二人で一緒のロッカーに入って閉じ込められたみたいになるとか?」
「心当たりがありすぎる……!」
「そう! だから昨日はすっごくドキドキしたの! やっぱり見るのと体験するのとでは全然違うなって! そして耳元でささやく蒼野君の声! あの時ホントは『もっとお願いします』って言いたかったんだよ! 私、蒼野君の声が好きなんだー。でも普段はあんまり聞く機会がなくって。だからもっとたくさんお喋りしたいなって思ってたの! もちろん話題は大好きなラブコメについて! あのねっ、それでねっ!——」
そこまで言ったところで咲宮さんが盛大に咳き込んだ。
「興奮しすぎだって! 落ち着いて話してくれればいいからさ」
「も、もうダメかと思っちゃった……。苦しかったぁ……。次は蒼野君の番だよ」
「でも続けるんだ……。そうだなぁ、一緒に住むことになる、ってのはどう?」
「うんうん! 結婚生活の練習だね! やっぱり同棲って必要なことだと思うの! もちろん私達は高校生だからまだ早いけど、好きな人と少しでも長く一緒にいたいと思うのは素敵なことだよね! それでね、卒業したら一緒の大学に行くの。大学生なら同棲してもいいよね? だから一緒に家を出て一緒の家に帰るんだ。どうしよう、今から楽しみかも。あ、でもその前に相手を見つけないとね! それからそれから——」
「ストップストップ! また呼吸困難になるから!」
とりあえず咲宮さんには深呼吸をしてもらった。
「咲宮さんの番ね」
「えっとね、二人でエレベーターに閉じ込められるとか?」
「なんだか閉じ込められてばかりだと思うんだけど……」
「えぇー、だって興ふ……ドキドキすると思わない? 密室だからこそ二人だけの音が聞こえてきそうだなって。ドキドキしてる心音、相手の息づかい、声。きっとその瞬間にしか出会えないものだってあると思うの」
「うーん、そうなのかなー」
「きっとそうだよ。それに……」
咲宮さんはそう言うと立ち上がり、俺の真横へやって来た。そしてそのまま唇を俺の耳元へ近づけた。まるでそこから咲宮さんの体温が伝わってくるかのように熱を帯びる。
「ねぇ……こういうの好き?」
咲宮さんのささやき声。それは俺が咲宮さんを意識し始めるのに十分な威力だった。
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