第3話 迎撃

「くそっ……!柏木一尉は医療班に任せろ!操舵、急速旋回!」


迅の怒声が艦橋に響く。操舵手が即座に反応し、護衛艦が大きく旋回を始める。重厚な鉄の巨体が海面を引き裂き、激しい波しぶきを上げた。艦橋内では、各士官が緊迫した表情でモニター画面を凝視している。


「護衛艦に敵潜水艦の位置特定急がせろ!このままじゃ次の攻撃が来る!」


迅の焦燥が声に滲む。敵の正確な位置が掴めなければ、回避行動すら無意味だ。だが、冷静な判断も必要だった。


「対潜ミサイル、発射準備!」


「ソナー班、敵艦の深度を解析しろ!」


艦長が冷静な指示を飛ばす。その声は艦内の混乱を抑え、士官達の動きを整えた。迅もまた、その落ち着きに敬意を抱きながら、自身の役目を全うするべく視線を前方の海へと向ける。


「敵艦、深度250!移動速度25ノット!」


「よし、発射角度修正、3度右!発射!」


発射ボタンが押され、護衛艦から対潜ミサイルが海面を突き破って飛翔する。ミサイルは弧を描きながら敵潜水艦の位置へと向かい、数秒後、海中に突入。ソナー班が瞬時に解析し、その結果を叫ぶ。


「爆発音確認!命中しました!」


艦橋に歓声が上がる。しかし迅は、まだ気を抜かなかった。


「敵艦の活動は?」


「……反応減少!沈黙しました!」


「やったか……!」


安堵のため息が漏れたのも束の間、再び電測員が悲鳴のような声を上げた。


「核ミサイル、接近中!迎撃態勢!」


護衛艦のレーダーが、低高度を飛翔するミサイルの接近を示していた。迎撃できる時間は残りわずか。迅は叫んだ。


「ミサイル発射準備!各砲手、目標をロックオン!」


「発射管制システム、オンライン!」


「目標補足……発射!」


甲板から白煙を引きながら、迎撃ミサイルが飛び立つ。光の軌跡を描きながら上昇し、迫る敵ミサイルへと向かう。艦内の全員が息を呑み、次の瞬間——


高高度で閃光が走った。


「命中!ミサイル破壊確認!」


艦橋内に歓声が広がる。しかし、迅の表情はまだ険しかった。


「まだ終わりじゃない……次の攻撃に備えろ!」


戦いは、これからが本番だった。


護衛艦のレーダーに再び鋭い反応が走った。緊迫した艦橋内に、機器の警告音が鳴り響く。電測員の顔色が瞬時に蒼白に変わった。


「……ミサイル反応! 一発、逃しました!!」


その一言が、艦内の空気を一瞬で凍りつかせた。静寂の中、誰もが最悪の結末を想像する。イージス艦にも緊急通達が届き、艦橋内の緊張が極限まで高まる。


迅の脳裏に、巨大なキノコ雲が立ち上るイメージが一瞬よぎる。街が消える、海が黒く染まる、無数の命が消え失せる──そんな光景が彼の意識を蝕みかけた。


(――まだだ!)


迅は歯を食いしばり、怒鳴るように命令を下す。


「航空自衛隊に連絡急げ!! まだチャンスはある!」


その声に、呆然としていた船員たちが一斉に動き出した。電測員が慌てて通信機を操作し、航空自衛隊へ緊急連絡を送る。


──ピピッ、ピピッ。


警戒管制レーダーが即座にミサイルを捕捉し、ターゲット情報がデータリンクを通じて各拠点に共有される。


「ミッドコース段階を終え、ターミナルフェーズへ移行!」


宇宙空間を飛翔していた核ミサイルは、静かに重力に引かれ、大気圏へと再突入を始めた。無慈悲な死神の鎌が、今まさに振り下ろされようとしている。


その頃、航空自衛隊の迎撃部隊は慌ただしく動いていた。ペトリオットミサイルシステムを搭載した発射車両が稼働し、管制装置からの指令で各発射機が唸りを上げる。


「射撃準備完了! 全砲門、連射開始!」


──ズドン、ズドン、ズドン!!


16発のPAC-3ミサイルが次々と火を噴き、大気圏を目指して駆け上がった。雲を突き破るような軌跡が、鋼の弧を空に描く。全ては、たった一発の核を撃ち落とすため――。


イージス艦の艦橋内では、迅が固唾を呑みながらモニターを睨みつけていた。胸の奥で心臓が不規則に跳ねる。恐怖か、それとも……。


(これが……戦場の緊張感か)


自分でも呆れるほど、胸が高鳴っていた。この死と隣り合わせの状況に、昂ぶる感情を抑えきれない。自衛官としての責務を超え、戦いの本能が彼を突き動かしていた。


「……当たれェーーー!!」


その祈りにも似た叫びの直後、モニターに閃光が走った。


──直撃。


大気圏で核ミサイルが爆散し、空高く巨大な火球が広がる。爆風の衝撃波が日本海を直撃し、津波のような大波が艦隊を襲った。


「ぐうっ!!」


迅は身を低くし、艦内の手すりに必死にしがみつく。鋼鉄の船体が軋み、壁に叩きつけられそうになる衝撃に耐える。


「全艦、衝撃に備えろ!!」


艦長の怒声が轟くが、波の力は想像以上だった。護衛艦が大きく傾き、艦橋のモニターが軋む音を立てる。しかし、乗組員たちは最後まで踏みとどまった。


数分後、荒波が静まり、重たい静寂が艦内を包む。艦橋の窓越しに、黒煙と共に立ち上る不吉な雲が見えた。放射性物質を含んだその雲は、風に乗り、日本列島を脅かそうとしていた。


泉艦長は眉をひそめ、短く命じた。


「全艦、九州・佐世保基地へ向かえ。放射能の雨が来る前に、できるだけ距離を取るぞ!」


艦隊は緩やかに舵を切り、南方へ進路を取る。護衛艦の甲板に立つ迅は、未だ鼓動の高鳴りを感じながら、灰色に染まる空を見上げていた。


(……これから一体どうなるんだ……)


その胸には、不安と興奮、そして戦場の余韻が渦巻いていた。

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