時輪の記 第9話 赤き旗と若き声 大逆事件の影

@Shinji2025

第9話



時輪の記 第九話


赤き旗と若き声 ― 大逆事件の影



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一 転送の光


白い光が僕を包み、世界が再び揺らぐ。

焼け跡の熱と怒声に満ちた日比谷から一転、静かなざわめきが広がっていた。


目を開けると、書店街だった。軒を連ねる古書店からはインクと紙の匂いが漂い、人々が議論に夢中になっている。


東京・神田――1910年。

AIスマホの表示が震え、文字を示す。

《大逆事件。社会主義思想家・幸徳秋水らが逮捕、翌年処刑。思想弾圧の象徴》


僕は息を呑んだ。

(今度は……思想の炎の時代か)



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二 赤き旗の下で


通りの先に、小さな広場があった。

赤い旗を掲げ、若者たちが集まっている。

「労働者に自由を!」「権力に屈するな!」


群衆の中央で語る男は、まだ二十代だろうか。頬は痩せ、目は鋭く光っていた。

「この国は戦争で血を流し、勝ったと言いながら民は飢えている! 俺たちは立ち上がらねばならない!」


その言葉に拍手と歓声が沸いた。

だが同時に、僕の胸にAIの警告が響く。

《過激な行動 → 警察介入 → 大逆事件へ》


(このままじゃ、彼らは無実でも巻き込まれて処刑される……!)



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三 思想の炎と新仁の説得


夜。

僕は偶然、裏通りの茶屋で幸徳秋水の姿を見つけた。

鋭い目と落ち着いた声、その存在は人を引きつける。


「あなたが……秋水さんですね」

「そうだが、君は誰だ?」


僕は一気にまくしたてた。

「暴力に訴えたら、すべてが潰されます! 血ではなく言葉で変えるべきです!」


秋水は静かに笑った。

「君は理想を語るが、この国の権力は言葉を聞かない」

「聞かせるんです! 未来の人間があなたの言葉を読む。処刑されても、思想は死なない。でも無実の仲間を道連れにしないでほしい!」


秋水の瞳に影が差した。

「……君は、未来から来たのか?」

僕はうなずいた。


秋水はしばらく黙り、低く呟いた。

「ならば――言葉を未来に残そう」



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四 AIが示す未来


AIスマホの画面には、事件の流れが赤字で浮かんでいた。

《幸徳秋水ら24名死刑 → 12名執行。思想弾圧 → 大正デモクラシーへ》


僕は唇を噛んだ。

(止められない……でも、無実の若者だけでも救わなきゃ!)


僕は活動家の青年たちに語りかけた。

「権力は強大だ。でも命を散らすな。君らが生き残れば、10年後に必ず花は咲く!」


その必死の声に、何人かの青年が拳を下ろした。



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五 捕縛の夜


翌週。

社会主義者たちの集会は警察に踏み込まれ、次々に逮捕されていった。

秋水は抵抗せず、静かに縄を受けた。


「君に会えてよかった。言葉は必ず残す」


僕は必死に警官に叫んだ。

「彼らは無実だ! 全員を処刑するな!」


群衆に紛れ込んでいた首謀格の若者数人は、僕の言葉に従い過激行動から離れていた。彼らは処刑を免れ、後に釈放された。


(小さな改変は……できた!)



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六 秋水の最期


1911年。

裁判は形ばかりで、死刑が決まった。


秋水は処刑台に立つ前、囁いた。

「歴史は変わらないのだろう。だが君のおかげで、未来に繋がる者がいる。ありがとう」


僕は泣きながら叫んだ。

「あなたの言葉は絶対に消えない! 僕が未来で読み続けます!」


刃が落ち、静寂が広がった。



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七 小さな未来


後年、大正デモクラシーの渦中で、かつて救った青年たちが演壇に立ち、言論を戦わせていた。

AIが静かに示す。

《思想の火は絶やされず、未来へ受け継がれる》


僕は懐中時計を撫でた。

(大きな歴史は動かなかった……でも、小さな未来は守れた)


時計が光を放ち、僕は次の時代へ送り出された。



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史実あとがき


大逆事件(幸徳事件)は1910年に起こった日本の思想弾圧事件である。

幸徳秋水らが天皇暗殺を計画したとして逮捕され、証拠不十分のまま多数が処刑された。

思想の自由が封殺され、日本の近代に深い影を落とした。


だが思想は血では葬れない。

幸徳秋水の著作は読み継がれ、大正デモクラシーの土壌となった。


教訓はひとつ。


言葉は命を超えて未来に届く。


だからこそ、小さな命を守り、声を残すことが未来を変える。




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