刻まれた意思

 心に落ちてくるエルクリッドの意識が目を覚まし、薄暗い中の高い所に光が見えた。あそこから落ちてきたと感じつつも、傷ついた身体の痛みに動けず寄り添う黄色の光に気づく。


「スパーダさん? あたし……」


「意識が入れ替わったようですね、アスタルテと……それで、我々はどうしますか?」


 黄色の光の正体はスパーダ。彼女の言葉を聞いて状況を把握し、灰色の光も来たのを手で受け止めそれがローレライと感じつつ、今この場にいないヒレイ、セレッタ、ダインの存在を感知し思いを口にする。


「あたしに代わってアスタルテが出てるなら、力を貸してあげて」


「よろしいのですかエルク。彼女は……」


「ホントならあたしは気を失った時点で負けた事になるけど、アスタルテはそれを防いでくれた。あたしが身体を取り戻すにしてもまだ動けないし……もし悪い感じがしたら、従わなくていいから」


 目を瞑り横たわりながらエルクリッドは意思を伝え、それを感じ取ったヒレイらがアスタルテと繋がる。

 同じ身体に二つの意思、同じ欠片から生まれたもの、同化を経て宿りし者。エルクリッドとアセスのやり取りをアスタルテも目を閉じ聞き届け、そしてカードを引き抜く。


「赤き一条の光、灯火となりて明日を照らせ……力を借ります、ヒレイ」


 燃え上がるように炎が溢れ顕現するは火竜ファイアードレイクのヒレイ。白銀の外骨格に赤い鱗を持つエルクリッドと最も長く共にいるアセスが首を上げ目の前のスザクを捉えつつ、チラリとアスタルテへと目を向け再び正面に視線を戻す。


「エルクの頼みだ、ひとまずは共に戦ってやるが……」


「ご心配なさらず、アタシはアタシの名が持つ意思に従いお姉様に尽くすだけ」


(名前の意思……?)


 臨戦態勢となるアスタルテの言葉にヒレイは小さな疑問を懐くが、今は目の前の敵を倒すのが先決と切り替え力強く吠えて威嚇する。

 当然スザクはその程度で動じず、そうとわかればとすぐにヒレイは口内に炎を蓄え一気に放射し先制攻撃をかけた。すかさずスザクも雷電纏う白い炎を吐いてぶつけて押し留め、刹那に炎同士が爆発を起こすと共に双方のリスナーがカードを抜く。


「スペル発動リスナーバインド、さぁどうしますか?」


 僅かに早かったアヤセがリスナーバインドのカードを発動し、黒い魔法の鎖がアスタルテの身体を締め上げる。と、すぐにアスタルテは体内に魔力を貯め一気に方出して弾き飛ばしてみせ、難無く突破してきた事にアヤセが目を大きくする中で改めてアスタルテがカードを切った。


「スペル発動フレアフォース、攻めますよヒレイ」


(バエルがやったのと同じ事を……いや、今は戦いが最優先だな)


 何事もなかったようにカードを使いヒレイを支援するアスタルテがしたのはバエルと同じこと。理屈の上ではできるがそれを成すには鍛錬も必要となるものの、言い換えればエルクリッドは既にそれができる、とも思えた。


 ひとまずヒレイは目の前のスザクを倒す事を、戦う事を優先し爆炎を壁に飛翔しスザクの上を取ると一気に接近し背面を取って翼を掴み、そのまま噛みつき千切りに行くも帯電するスザクの尾羽根がムチのように打たれ、その衝撃で振り払う隙を与えてしまい距離を取られる。

 だがすぐに口内に炎を蓄え今度は火炎弾として吐き出してスザクを狙い、ひらりと舞うように避けられるがすかさず接近し爪を振るい切り裂きに向かう。


 交差する二体のアセスが素早く後方へと身を翻し、同時にアヤセが右頬についた切り傷からスザクもまた攻撃を避けきれなかった事を感じ、アスタルテもまたヒレイが尾羽根を打ち付けられた背中がヒリヒリと痛む事を感じつつ目を合わせ向かい合い沈黙が続く。


 刹那、沈黙を破るように二人のリスナーがカード入れへ手をかけ、互いのアセスが一気に敵目掛けて飛行し真正面からぶつかり合いそして衝撃で離れる。


「スペル発動フレイムソーサリー!」


「ツール使用、爆竜爪をヒレイに装着」


 アヤセが発動するフレイムソーサリーが細長い火の蛇となってヒレイへと迫り、そのヒレイの両手に装着されるは真紅の鉄爪・爆竜爪だ。力強く振り抜かれる爆竜爪が炎を纏いフレイムソーサリーの火の蛇を切り裂くだけでなく、その衝撃をスザクに飛ばして攻撃とするもスザクが展開する雷の結界に阻まれた。


 ユナイトによって三体のアセスが一つとなり新たな存在となった事で能力を集束し高めてる事はアスタルテもわかりきっている、だからこそ、黒のカードの使う刹那も見極められると。


霊術スペル発動、エルトゥ・グリッド……!」


 黒い霧が発動されたカードより吹き出して一気に部屋を完全に闇に閉じ込める。その中で霧に触れたスザクは結界が消えた事を察してすぐに上昇し、触れないよう努めるが尾羽根を霧中から飛び出すヒレイが掴んで引き寄せ勢い良く爪でスザクの身体を切り裂く。


「アタシはこの力をお姉様の望みの為に使うと決めた……アタシの名前が、そうしろと促すから……!」


(名前……アスタルテという言葉は確かエルフの言葉で……そういうことですか)


 霧の中でアスタルテが口にした言葉を聞き、アヤセは彼女の真意を見出しながらスザクもまた身体をどろりと溶けた蝋としてそのままヒレイに浴びせかけ、一気に固まり取り込む形で再び身体を構成し直す。


 すぐにアヤセとスザクが霊術スペルの効果を把握し対応した事にはアスタルテも舌打ちしつつカードを抜き、同時にヒレイの状態を確認し策を考えていく。


(蝋を熱で溶かすにも相手の熱量と相殺され、脱するのも難しい上に帯電してるせいで何もしなければそのまま電撃でやられるか窒息かの二択……だからといってあの状態では強化スペルを使ったとしても相手も恩恵を受ける……)


 既にヒレイ自身の判断で体内から熱を発しスザクの蝋の身体を溶かしてはいるが、すぐにまとわりつく為に身動きが取れないのは変わらない。

 加えて炎はともかく雷の力を有してるスザクの身体に触れてる事でヒレイは感電し、今は強い電撃ではないにせよ消耗させられている。


 スペルによる強化で脱するにしても相手も恩恵を受けてしまうし、エスケープを使い他のアセスに交代では力不足で対抗できない。万事休す、とアスタルテが思った刹那に身体が動き、それがエルクリッドの意思とわかり目を瞑りつつ深呼吸をし対話に臨む。


(お姉様、この状況をひっくり返すには……)


(皆まで言わなくてもわかってるよ。だから、力を貸して……!)


 目を開くアスタルテの雰囲気が変わり魔力の風が逆巻く。魔力の波長からエルクリッドが意識を取り戻した、と思ったアヤセではあったが、意識が変わる前と違う魔力の高まりと変化を感じカード入れにかけた手を止めた。


(これは……力を完全に……!?)


 アヤセの中で答えが繋がる。そしてカードを引き抜き、エルクリッドもまた髪色を赤く戻しながら勢い良くカードを引き抜き赤く煌かせる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る