月影ーAstarteー
待つ者達
アタシはここにいる。
アタシはここで在る。
アタシは待ち望む。
アタシは時を待つ。
同じ欠片、同じ血、同じ身体、一つとなって尚アタシはここにいる。
だからアタシはあたしの為に尽くす。
ーー
夢幻牢の入口にて静かに座るタラゼドが寄りかかって眠るノヴァを意識しつつ読書を進めていると、壁の隠し扉が動き試練を終えたシリウスが戻って来てそちらに目を向ける。
「お疲れ様です。傷の方は……」
「アヤセ殿の好意で治療も済ませた、問題ない」
服の乱れや傷つき方、回復しているとはいえ疲労が見える様子からタラゼドはシリウスが激戦を繰り広げたのを察しつつそうですかと穏やかに答え、少し距離を置いて隣に座るシリウスもまた一息つきながら何かを深く考えていた。
静寂の中にノヴァの寝息だけが聴こえる中で、タラゼドが本を閉じると共にシリウスがある問いを投げかける。
「エルクリッドの事は、もう少し聞いておきたい」
「問題はない、と言い切れないのが本音といったところです。情報交換をしたいと思っていたのでちょうどいい機会でしょう」
タラゼドの言葉にシリウスが横目を向けノヴァを捉えるも、すぐにタラゼドが指を擦りみどりの光を彼女にかけこれで大丈夫ですと告げて振り向く。
「静寂と安眠の魔法をかけたので会話が終わるまでは起きませんし、彼女の耳にも声は入りません。これで気兼ねなくお話できるかと」
微笑みながら行っているが、二つの異なる魔法を微調整し同時にこなすタラゼドの技量にシリウスは感心しつつ、軽く息を吸って本題を切り出す。
「アヤセ殿にも話した事だが、火の夢の事をこのシリウスも各地のエルフの遺跡を巡り、やはり不自然な程に当時のものは存在しなかった。我らエルフが言語存在復元により名を紡ぐ事で魂を呼び戻せること等を用心したのは間違いない……そして、我が姪が……」
記録から名を消されたもの、記憶すら失われても存在したもの。ネビュラという稀代の天才にして禁忌に踏み入れた者が復元し、滅ぼされても欠片から新たなる者を生み出した。
そしてその脅威が去りつつも、唯一残った凝りとしてエルクリッドがいる。彼女が真に能力を制御できているのか、新たな脅威となり得るのか、その懸念をアヤセをはじめ十二星召はしていると聞いた事をシリウスは思い返しつつ途中で言葉を止め、察したタラゼドも大丈夫ですよと穏やかに述べてから自分の店でのエルクリッドとの生活を振り返りながらゆっくりと語る。
「エルクリッドさんは、確かにまだその身に宿すものの不安定さに彼女自身も悩んでいますが、己と向き合いどう付き合っていくのか、決断するかを考えられる人です。今回の星彩の儀に挑戦するのも彼女が目指すものの為というものもありますが、彼女なりに火の夢について考え向き合う為とも思えます」
よく笑い、素直で明るく眩しい存在。旅の中でも感じたものは共同生活でも感じ、時に悩んで打ち明ける脆さも見せ、涙は見えぬように流す。
彼女の存在は表裏一体と言える。ノヴァの手本となるリスナーたる器量と人格を持つ一方で、世界の脅威になり得る可能性も秘めている。
タラゼドも十二星召の意見についてはエルクリッドの師でもあるクロスを通し聞き及び、万が一にも備えてはいる。そしてエルクリッドもそれがわかっているからネビュラの件が済んだ後に、自分と共にいたのではないかと思えた。
「もし彼女が脅威たるものになった時の備えはできています、できればそうしたくはない……もちろん、そうならないと信じていますけど、ね」
穏やかさの中に沈着冷静な判断と覚悟と、申し訳なさと入り混じってるのをシリウスは感じつつタラゼドの言葉を受け、そうだなと一言返す。
その後は再びノヴァの寝息だけが聴こえる静寂に戻り話も止まる。と、そういえば、と思い出したようにシリウスが口を開き、タラゼドも目を向けるとある名前について触れる。
「かつてのエルフの王の名は消されていたが、唯一、家臣達の名が刻まれていた壁画を見つけた。その中に、アスタルテの名前があった」
「アスタルテ……月影を意味する言葉であり、ネビュラが作った存在につけた名前と言ってましたね」
あぁ、と答えるシリウスの返事を聞きながらタラゼドはふと考える。解決後にエルクリッドの話も聞き事後調査のそれもある程度把握しているが、ネビュラがアスタルテの名前をつけたのが王の家臣の名とは触れられてはいなかった。
ネビュラが長き年月をかけてあらゆる知識を得ていて、シリウスが見つけたという壁画の事も知っていた可能性はあるものの、果たしてそれだけで偶然と言えるのかとは思いシリウスが続けて口にする言葉がその名に強い意味を持たせる。
「影武者、守護者、アスタルテという言葉にはそういう意味合いもある。個人の名ではなく役職というのが適切か」
「影武者……そういえば、エルフ族は創造神クレスティア様を月に喩えられるとか」
「眩い太陽は多くの生命に、それよりも落ち着いた光は己にとクレスティア様は考え昼と夜を創ったという神話もある。故に、アスタルテの名をつけた事は単に偶然とも言えぬかもしれん」
王の影武者、神の影、エルクリッドを本体として作られた子機がアスタルテ。偶然ではないのか、そうでないのか、真意を知るネビュラ亡き今は誰にもわからない。
エルクリッドに宿る、アスタルテ本人を除いて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます