演目・蜘蛛羽織

 アゲハ家の演目は序幕から始まりニノ幕を経て終幕という三構成から成り立ち、その内容はそれぞれ異なる三種の機巧人形を用いた演舞に演者を交えたものである。


 そしてそれはそのままアゲハ家当主の、絲終綺紅ししゅうきこうを操る者の手札と同じ。三つの人形を打ち倒されたこと、その反射を受けてぼろぼろとなったイスカだがまだ負けを宣言しておらず、相対するリオとシリウスと同様に見守るエルクリッド達も貼り詰める空気に息を呑む。


「イスカさん、まだ何かあるの……? でも案内の冊子見てもそういうのがあるとは書いてないし、隠してるのがあるにしてもあの状態じゃ……」


「そうだな、あの身体でまだやるにしてもだいぶ無理がある。クレスさんみてーに自分で切りかかったりしないだけマシだろうけど、打つ手あんのかな」


 エルクリッドとシェダが触れるように今のイスカはかなりの手傷を負っている。鬼火鳥タテハを切り裂かれた事による身体の傷、頭から裂かれ破壊された機巧龍ムラサキとそこに潜んでいたアセス・グシと咥えられていたタマの破壊と一気に反射を受け、頭からはもちろん両手も負傷し血が流れ落ちていた。


 そんな状態で人形を操る事などできるのか、そしてリオとシリウスを迎え撃てるだけの戦力があるのか、そうした疑問に対しイスカが最初にとった行動は、上半身に身に着ける機巧の腕と一体化している防具の留め具を外し脱ぎ捨てるというもの。

 音を立てて落下した機巧の腕を足で軽く蹴って舞台の外へと避けると、イスカはカードを引き抜く。


「スペル発動、ヒーリング……」


 まずは負傷に対するスペルの発動、完治とはいかずとも出血を止める程度にはなり、同時にまだ戦うという意思表示となった事でローズとバロンが足に力を入れ身構え、リオとシリウスもカード入れに手をかけた。


「本当なら、ムラサキをやられた時点で君らは合格出していいんだけど……わえもちょっと楽しくなってきたから、特別演目を見せるよ」


「特別演目……?」


 うん、と答えながらヒーリングによる回復を終えたイスカが静かにカードを引き抜き、魔力を込めたカードに軽く口づけをし掌に立てた。


「我が愛する妻……共に舞おうか、マツリ」


 漆黒の煙がカードから溢れつつ静かに喘ぎながら姿を見せるは黒髪の麗人。着物を纏うその麗しき姿は目を奪われるが、やがて彼女が背より鋭く尖った節を持つ足を伸ばした事から人ならざる存在と示され、完全に姿を現すとイスカの傍らに寄り添う。


「紹介するよ、わえの奥さんマツリ。種族はアラクネ、聞いた事はあると思う」


「半人の種族の一つで蜘蛛の姿を持つもの……でしたね。確かアゲハの一族とは大いに関係があると」


「その通り、マツリは……」


 妻マツリを紹介しイスカがリオに話を進めようとすると、マツリがぐいっとイスカの頬に触れて振り向かせ、じっと見つめてから何処からともなく取り出した手巾でイスカの血を拭う。


「こんなぼろぼろになって……ええ男がわやちゃうん」


「マツリの出番はわえとしてはしたくはなかった、でも……」


「気にせんでええどす、うちはあんたと共にある……そう約束したさかい」


 イスカの傷を指先から出す赤い糸でマツリは縫合していき、会話を終え微笑む時には応急処置を全て終わらせる。

 アラクネは半人半蜘蛛の魔物で雌しかいないとされる。そしてアゲハ家のリスナーは文字通りその身を捧げ、指先から糸を出す絲終綺紅ししゅうきこうの技を使えるなるという。


 魔物との契約の対価に特殊な能力を得る一族というのはエタリラでは珍しいものではない。その中でもアゲハ家は歴史ある一族であると共に、当主のイスカはマツリと夫婦関係というのも周知の事実だ。

 もっとも、イスカとしては妻マツリを戦わせたくない思いがあるのは言葉からも伝わり、一方でマツリは優しい声と表情をイスカへ向けていたのに対しリオ達に目を向けると目つきを鋭くし、メキメキと指を鳴らし威嚇するように敵意を示す。


「あんた達、うちの旦那に手ぇ出しとっただで済む思わんといて。軽う殺したる」


 明らかな敵意はイスカへの強い想いから来るものか。そうしたものの強さはリスナーとアセスの繋がりにおいても重要であり、刹那にイスカの後ろへマツリが移動しそのままおぶさるようにしがみつき、足と背中の足を使いしっかりと固定するとイスカがカードを引き抜く。


「これから出すのはまだ練習中の、対神獣と熒惑けいこくのリスナーを想定したわえが作ったアゲハ家の演目……二人蜘蛛羽織でのみ使える、最終機巧」


 滾る魔力が風を呼ぶ。追い詰められてなおイスカがそれだけの魔力を有してると思うと十二星召の一角であるのを再認識させられ、最終機巧と呼ばれるものへの期待と戦慄とが緊張感を極限まで引き上げた。


「オーダーツール、折り重なりし伝統の技、災禍すら演者とし世界に踊れ……! これがわえの最終演目、機巧天使アゲハ……!」


 イスカの周囲に大型の部品と思わしきものが現れ、それらへ糸を飛ばし彼にしがみつくマツリもまた糸を放ち息を揃え同じ動きで引き寄せていく。

 引き寄せられる部品は二人を覆い隠しながら形を成して行き、やがて作られるのは蝶を思わせる魔力の翼を生やした機巧の巨人。その端正な顔つきやしなやかで柔らかさすら感じさせる肌付き、纏う着物や雪駄等の細かなそれは最早機巧ではなく、生身の女性そのものと言える程に繊細で美しい。


 機巧天使アゲハ、名家の名を関したイスカの切り札たる機巧人形を前にその場の誰もが戦慄しながらも、十二星召の一角を担う彼の凄まじさを改めて実感し直す。


「シリウス殿、魔力の方は問題ありませんか? もしなければこれを今のうちに」


「感謝する。だが……」


「同じものを持っていますのでお気になさらず」


 手渡したものと同じカードをリオが見せたことでシリウスはカードを使い手の中に小瓶を出現させ、リオも同じものを使うと蓋を取り一気に中身を飲み切り瓶が消滅する。

 それが魔力を回復させる魔法樹の朝露というツールなのはイスカも把握しつつ、二人が準備を終えるのに合わせ糸を引き内部から機巧アゲハを動かす。


「役者の準備が整ったようなら始めるよ。アゲハ家当主イスカの戦闘演目・蜘蛛羽織の術……とくとご覧あれ」


 イスカの宣言と共にマツリも指先から伸ばす糸を引き、二人で共に機巧アゲハを動かし臨戦態勢へ。瞬間、機巧アゲハが左手を前へ向けると掌が開き、一瞬の間を挟んで巨大な火球が舞台に放たれる。


 あまりにも唐突で強大な攻撃にリオとシリウスは対応できず炎に飲まれ、大爆発と爆風が舞台を中心に吹き荒れた。


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