第14.5話「渡良瀬雅の苦悩」

 ――二人で出かけるって、それただのデートじゃないか?

 スマホを枕の上に置いて、明良はそれに向かって一人座って考えにふけっていた。すでに一度すっきりとした頭で改めて考えれば、特段会う理由のないはずの夏休みに二人でお出かけなどデート以外のなにものでもない。

 ――まさか、期待してもいいのか? いけるやつなのか?

 たしかに、現状奏と一番仲がいい男は自分であるという自負はある。奏もまあ、明良の前では取り繕わずにいられるらしいし、その点は明良も変わらない。

「うーん…………」

 こんなことを何度自分の中で考えても答えなど出てこない。

「何、お兄ちゃんなんで一人でベッドで正座してんの?」

 ドアのところに立った風呂上りの雅が、濡れた髪にタオルをのせたまま部屋に入ってくる。

「いや、奏に、夏休み、どこか出かけようって言われてさ」

「ああ、なんか言ってたね」

「俺は言ってないぞ」

「奏ちゃんが」

「さようか」

 雅はそのまま明良の部屋に上がりこむと、明良のベッドの縁にどかりと座った。

「年下挟んで恥ずかしくないわけ?」

 明良が正座したまま雅の方を向けば、雅は人差し指を立てた右手をブンブンと上下に振っては、明良に滔々と文句を垂れ始める。

「あなたたちは高校一年生で私はまだ中学二年生なの。この差がわかる? まあ私の方がだけど」

「……返す言葉もございません」

 立ち上がり、今度は片足をベッドにのせてぐいと前傾姿勢になって、明良の顔に指を指す。

「いい、誘われたんだからちゃんと行きなよ」

「は、はい…………。でもこれデートだと思って向こうがそうだと思ってなかったらめちゃめちゃ恥ずかしいだろ。俺だけ気合入れて行ったら向こうはこう、いつもの感じで、みたいなさ」

「ガタガタ言わないで、普通に客観的にみてデートなんだから」

「で、でもでもでも、そうは行っても向こうにはその気がないかもしれないだろ」

「やかましい! 黙ってデートしてこい! いいお兄ちゃん、私何も手助けしないからね!!」

 雅はそうピシャリと言い放って、ドスドスと足音を立てながら部屋を去っていった。


 というのも。

 ――なによまったく、そろいもそろって。

 雅のスマホでは、こちらはこちらで落ち着かない四方山奏が、数少ない相談相手だと情けなくも暴れ散らかしているのである。おまけに恋愛方面に関しては雅の方が数段上、やけに具体的に相談してくる。それも、相手は自分の兄である。自分の兄のいいところを語られたところで、身内が見る兄と、友達の女の子が見る兄とでは全然違うだろうに。そこに書かれた自分の知る兄と違う「明良くん像」にはさすがに身の毛もよだつというものである。

 ――ていうか。

「絶対相談相手間違えてるでしょ……」

 相手の妹て。

『明良くん、本当は嫌だったりしないでしょうか』

 ――嫌なわけないでしょあんたみたいなかわいい女の子にデート誘われて。

『あの、明良くんってどんなものが好きなんでしょうか……』

 ――本人に聞きなさいよ!

『明良くんってなんていうか、かっこいいですよね』

 ――私はそう思ったことはないけどね!!

『あの、明良くんって、一日何回くらい、するんでしょうか……』

 ――知らないし知りたくもないわそんなこと! ていうか中学生にそんなこと聞くなよ!

『明良くんってどんなものおかずにしてますか』

 ――だから知らないっての!! なんなのこの人!!!

 こんなのばっかである。確かにかわいい人だし、礼儀正しい人だとも思う。お友達になれたらうれしいなとも思うが、正直に言えば、残念な人だなと思う。

 だから、こんな人から兄をデートに誘ってしまったなどというLINEが来たときは驚きを隠せなかった。こんな妄想の中でしか兄にえっちなことができないヘタレ――なんかそっくりだなあの二人――が、まさかそんな大胆な行動に出ることができようとは。

「いやちょっと待ってよ、高校生でしょ?」

 そんな声は、ドライヤーの音にかき消される。兄に届くことはないだろう。

 というか、普通に堂々とデートくらいすればいいし、したきゃハグだろうがチューだろうがセックスだろうがすればいいじゃないか。拗らせるにしては、高校一年生は早すぎるし一体何が彼らをここまで育ててしまったというのだろうか。

「はあ、わけわかんない」

 髪を乾かし終えて、自分の部屋のベッドに飛び込む。これから雅は、自分の彼氏と通話するという大切な時間があるのだ。もうかれこれ半年以上付き合っている。

「お互いそんなに意識してるんだったら、付き合っちゃえばいいのにな」

 雅はそう思いながら、最後に奏に一つ、「がんばれ」スタンプを送って布団の中に入るのだった。

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