第三章「砂漠のドラゴン編」第9話「月夜とドラゴン」

砂漠の夜は冷える。

昼間の肌を刺すような攻撃的な陽の光は、夜になるとまったく嘘のように人を凍えさせる。


サーバスの中心都市「アイウォミ」の「パラノ城」では、外の寒さなどまったく意に介さないほど狂乱の宴が催されていた。

美女たちは踊り、男たちは裸になり、酒を飲み、肉を食らう。そして明け方まで歌い明かすのである。

ガラたちは、その宴の中にいた。それなのに彼らは、驚く程に神妙な顔付きで席に座り、考え込んでいた。


それは、その日の夕方に遡るー。



「我が国サーバスへようこそ!」


絢爛豪華なパラノ城の中に入ったガラたちは、まるでお伽話の中に迷い込んだような気持ちであった。この世の財宝のすべてがこの城にあるのではないかと思える程であった。


そして、ヴェダーは、王の広間にずらっと並んだ美女たちに目をやると「おお…」と感嘆の声を漏らした。それを見て従者の一人がヴェダーに言った。


「これはすべて、ギーザ陛下の妾(めかけ)の方々であらせられるぞ。国中の美女を集めておられるのじゃ。フォッフォッ…」


ギーザ王の“奔放な”性格はかなり有名で、世界中にその名が知れ渡っていた。

ヴェダーは、約80人の妾というそれが、噂ではなく真実であると認めざるを得なかった。

どれもこれも美女中の美女たちである。彼女たちの装いは、ほとんど裸であり、胸は何も付けておらず、透き通るような生地の腰布を着けてあるのみであった。

じっと見惚れているヴェダーの脇腹を肘で突き、ドロレスは、王に深々と頭を下げるよう、皆に指示をした。


「これは陛下、お初にお目にかかります。私はエルフの国トトのルカサ評議会元老院のヴェダーと申します。こちらは、元クァン・トゥー王国勇者隊のガラ。そして、こちらはクァン・トゥー一の女戦士ドロレス、そしてこちらが…」


そう言いかけた時、ギーザ王の表情が変わり、目を開いて立ち上がった。


「おお…これは!」


ギーザ王は玉座から立ち上がり、こちらへ歩いて来る。まわりの従者たちは、慌てるようにギーザ王の足元に花弁を散らし、マントの裾を持ち上げた。


ギーザ王は、セレナの前に立ち止まり、目を輝かせ、そして手を広げて言った。


「余はこれ程の美しい娘を見たことがない!…そなたよ、名は何という?」


セレナは、少し驚いた様子で王に言った。


「セ、セレナ…」


ヴェダーは、王に頭を垂れながら言った。


「クァン・トゥーの奥地にある“深淵の森“に棲むドラゴンの巫女でございます」


ギーザ王は、セレナの手を取り、セレナから目を離さずに答えた。


「ドラゴン…お主、ドラゴンなのか?」


セレナはニコッと微笑んで言った。


「そうだよ!」


ドロレスは、焦ってセレナの耳元ですぐさま囁いた。セレナは王の顔を見てもう一度言った。


「そ、そうです。王様」


王は、「信じられん」と言いながら、セレナの顔をまじまじと見つめた。そして、ドロレスの方を見た。


「そなたも美しいな。女戦士か…」


ドロレスは、ドキッとしてぺこりと頭を下げた。ガラはそんなドロレスを見て少しニヤけた。

そして、ヴェダーがギーザ王に向き直り、言った。


「恐れ多いですが、王様。先程私がお持ちしました、トレント王の書簡はご覧になられましたでしょうか?」


王はくるっと玉座の方へ振り返り、歩きながら言った。


「ああ、あれか、目を通したぞ。それが本当なら誠に驚きだ。魔王の復活とな?昨今の魔物の強大化も頷けるのう」


そして、玉座に座り、続けた。


「サンドワームにバジリスク…そして、グリフォンなどと言う…まるでお伽話のような化け物が突然現れおった。我が国へ来る行商人たちも気が気ではない。それが、ここ一ヶ月のうちに起きたという時期を考えても…なるほど魔王の復活とは、本当なのであろうな」


ヴェダーは、真剣な眼差しで王に訴えた。


「ではギーザ陛下、率直に申し上げます。事態は一刻を争うゆえ、まず我々にアディームの神殿への立ち入り許可、そして、古(いにしえ)の勇者の秘密を探る許可を頂けますでしょうか?」


ギーザ王は、足を組み、手をこめかみに当てて言った。


「よろしい、そなたらに許可を与える」


ガラたちは、表情がパッと明るくなった。

しかし、次に発する王の言葉によって、一気に神妙な顔付きになってしまったのである。


「ただし、条件を出す。その方ら、竜の巫女セレナ、そして女戦士ドロレスを余に献上せよ。我が妾としてな」


ドロレスは、驚いて思わず叫んだ。


「めめっ!妾っ!?」


ギーザ王はニヤッと笑い、パンパンと手を鳴らした。


「まずは、宴じゃ!はるばるサーバスへやってきた使者を労おうではないか!」


ヴェダーは、額に汗を滲ませた。ガラも困惑している。セレナはきょとんとしている。ドロレスは、セレナを見て肩を掴んだ。


「セレナ!大変だ!あんたとあたしが!妾になるって言われたぞ!」


セレナはドロレスに問いかけた。


「めかけってなに?」


ドロレスは、頭に手を当てて、セレナに分かりやすく伝えようと考えた。


「つまり、王様の…あれだ!子供を作るのさ!」


「子供?」


ドロレスは頭を捻り、さらに言い方を考えた。


「うーん…だから、もう一生ここにいるってことだよ!王様と!」


セレナは急に顔が強張り、ドロレスに言った。


「ぜったい嫌だ!」


ドロレスは、すぐにセレナの口を手で塞いだ。

そして、耳元で静かに言った。


(分かってる!あたしもごめんだ!何とかしてこれを断る理由を考えなきゃ…!)


王はにこやかに従者たちに指示を出し、部屋を後にした。ヴェダーには、「返事は宴の時に聞かせてくれ」と、残して…。


そして、盛大な宴が始まった。


ガラたちは豪華な客席に案内された。

縦に長いテーブルには、正面奥が王の席、両側奥から王の親族席、客席、貴族席と順になっており、テーブルいっぱいに食べ物や飲み物、果物などが並べられた。

ガラたちはそれぞれ離れて座っており、間の空いた席には客人をもてなす為の使いが座った。ガラとヴェダーには、とびっきりの美女たちが取り囲み、ドロレス、セレナのまわりには、筋骨隆々の美男子たちが囲んだ。


「う、ご、ごほん!」


ガラは顔を赤らめ、大人しく酒を飲んでいる。

しかし、ヴェダーはそれとは真逆に美女に囲まれ鼻の下が伸びきっていた。


「なんと美しい…楽園とはまさにこのことだな…」


そんなヴェダーの様子を見ながら、目くじらを立てていたのはドロレスである。美男子たちに目もくれず、夢中で肉に齧り付いている。


「あの野郎…ここは一旦、王の要件を飲めだと?お前が調査してる間に、あいつに何されるか分かったもんじゃねえっての!…おい!ちょっと!あたしに触んな!鬱陶しい!」


そして、セレナは何事もなかったかのように楽しそうに食事をしている。


「わぁ、凄い筋肉だね!あなたはガラより強いのか?」


そして、宴が一通り盛り上がったところで、王が立ち上がった。

その時、セレナとドロレスは従者に案内され、王の両脇に立たせられた。


「では、諸君!今宵は大変に良き日である。

遠路はるばるクァン・トゥー王国から、このサーバスへやってきた尊き使者たちを讃えようではないか!そして、彼らは尊き使命を果たすべくここへやってきたのだ!それは、あの伝説の魔王の復活に際し、我がサーバスの古(いにしえ)の勇者の復活を試み、そして魔王を封印すると言うのだ!」


場内から一斉に盛大な拍手が沸いた。


「そして、その見返りとして、この美しき竜の巫女セレナ!そして気高き女戦士ドロレスを我が妾として献上するとの約束を交わしたのである!」


さらに場内に割れんばかりの拍手が起きた。


「なっ!」


ドロレスは、目を開いてヴェダーを睨み付けた。

しかし、ヴェダーは、ドロレスにウインクをして拍手を送ったのである。

セレナは困ったような顔でガラを見つめた。ガラは酔い潰れてフラフラであった。

そして従者の案内で二人は奥の部屋へと案内されてしまった。

しばらくすると、部屋から二人が出て来た。その瞬間、場内からはおお〜というどよめきと共に、盛大な拍手が起きたのである。


セレナとドロレスは、上半身は裸に木の椀のようなと胸当てのみを付け、下半身は他の妾や踊り子が着用している透き通る生地の腰布に着替えさせられていた。

煌びやかな首飾りや耳飾り、頭には花飾りも付けており、顔には化粧もされている。

二人とも他の妾や踊り子たちに引けを取らぬどころか、際立って美しく、皆の目は釘付けになった。


「これはこれは…予想以上だな…」


ギーザ王は鼻息が荒くなった。目はギラギラと燃え上がっている。


その時、ドロレスの顔が歪んだ。


「う…おぇっ…」


ドロレスは、すぐに口を押さえ後ろに下がり嘔吐した。ギーザ王の興奮した顔と、自分のいやらしい出立ちに寒気がしたのだ。


「ぐはは!何もそう緊張せんでもよい!」


ギーザ王はセレナの腰に手をやり、ドロレスの手を引き、無理矢理自分の横に置いた。


ヴェダーは、その様子をニヤつきながら見ており、潰れているガラの肩を叩いて起こした。


「ガラ!ガラよ!こうして見ると、ドロレスはセレナの影に隠れていて、気付かなかったが、あれはあれで中々の上玉だと思わんか?」


ガラはよだれを拭き、目を擦りながらドロレスとセレナを見た。その瞬間、目は大きく開き、顔は真っ赤になった。


「お、おい!な、何だありゃ?」


ガラは頭を抱えて二人を見つめた。

ヴェダーの言っていた通り、二人は王の要件を飲み、妾として王の横に立っているではないか。ガラは一気に酔いが覚めたようである。

セレナは困惑した表情で頭の花飾りを触り、ドロレスは口を拭いながら物凄い形相で、ヴェダーとガラを睨み付けている。


「ヴェダーよ…こいつぁとんでもねぇことになったな…俺らが早く勇者の秘密を明かさねぇと、あいつらあの王にいいようにされちまうぜ!」


ヴェダーは、まわりの美女たちの肩に手を回しながら上機嫌で酒を飲み、セレナとドロレスを眺めている。


「ガラよ、二人のあんな姿は二度と見れんぞ!目に焼き付けておくがいい!ブハハ!」


ドロレスは、歯を食いしばり、ヴェダーに対して怒りに満ちた表情をしている。


そして、王の目の前に酒がいっぱい入った盃が渡された。列席している全員の目の前にも、同じく酒が注がれた盃が並べられたのである。


「ほほっ、用意がいいな!では乾杯といこう!」


ガラは、既に酒を飲みまくりこれ以上飲むのはやめたが、形だけの乾杯をした。ヴェダーは、美女に気を取られてよく聞いていなかったようである。

ギーザ王が盃に口をつけ酒を飲み干すと、列席していた者たちも同じように酒を飲み干した。

その時、ギーザ王は持っていた盃を落とした。

セレナとドロレスは、不思議そうにそれを見つめていたが、次第にギーザ王の体がガタガタと震え出し、口から泡を吹いた。


「ぐ、が、酒に…何を入れた…?」


そのままギーザ王は突っ伏して倒れてしまった。ドロレスは、何が起きたのか分からなかったが、ギーザ王の体を揺さぶって声をかけた。


「おい!王様!どうしたんだ!?」


セレナは周りを見渡すと、なんと盃を口にした全員が、一斉に口から泡を吹いて倒れている。

悲鳴と怒号が場内に響き渡り、あたりは騒然とした。ガラとヴェダーは、この異常事態に気付き、席から離れた。そして、ドロレスとセレナの元へ駆け寄った。


「おい!一体何がどうしたっていうんだ!?」


ガラはドロレスに聞いた。

ドロレスは、盃を見て言った。


「分からないが、多分この酒に毒が入っているんだと思う!二人は飲まなかったのか?」


ヴェダーは頷き、辺りを見回した。

その時である。祝宴の間の扉が開き、一斉にたくさんの武装した兵士が入って来たのである。場内にいたすべての人間は、ガラたちも含め、武装した兵士に囲まれてしまった。ガラたちはそれぞれ武器を事前に預けており、丸腰であった。

そして、さらに場内に一人の女性が入ってきた。煌びやかな衣装に身を纏い、お付きの者たちも従えている。


「愚かな宴はこれまでだ!兵士たちよ!生き残っている者を捕らえよ!」


ヴェダーは、その女性が誰であるのか分かった。


「あれは…王妃だ!」


「王妃!?王妃がクーデターを起こしたってのか?」


ガラは、かつて勇者隊として各国の情勢を調査していたことを思い返した。

サーバス王妃のテイラー皇后は、かつて神聖ナナウィア帝国の王女であった。政略結婚でサーバスの王に嫁いだ彼女は、若くして皇后となった。

テイラー妃は、王の奔放な行動に振り回されていた。妾を連れて来る度に、彼女は後宮に追いやられ、自分の存在価値を否定された気がした。

また、度重なる戦争によって、国の財政は逼迫しつつあるのにも関わらず、王は毎日のように宴を催し、贅沢三昧をしていた。その分、民に重税を課し、不満は募るばかりであった。

実際のところ、国の行政はほとんど彼女が裏で仕切っていたというのである。


ガラたちは手を縛られ、地下の牢獄へと連行されていった。宴の会場は城の上階にあり、いくつもの階段を下りなければならない。ガラとヴェダーは、この状況を打開する策を巡らせていた。


「チッ!こんな時に限って…」


階段には小窓があり、そこから月明かりが入り込んでいた。どうやら今夜は満月のようである。

ドロレスは外を見ると、満月の光が砂漠の木々や街を照らしていた。

その時、満月の光を一瞬何かが遮った気がした。コウモリかと思ったが、それにしては大き過ぎると思った。セレナもそれに気が付いたようだ。


「セレナ!見たか?今の!」


「うん!何か飛んでる!」


ヴェダーは、何を言ってるか分からなかったが、その時、バサッバサッと羽ばたく音がした。

何かとても大きな鳥のような羽音である。ガラも気付いたようだ。

そして、階段を下り切った彼らは、渡り廊下に出た。月明かりがさらに眩しく柱を照らし、廊下に整然と影が並んでいる。


さすがに兵士たちもこの大きな羽音に気付いたようである。皆外を眺めながらキョロキョロと見渡し始めた。


「何だ?この音は?」


その時である。空から割れんばかりの大きな鳴き声がした。


「グオオーン!」


あまりの声の大きさで、空気全体が振動しているようであった。ガラたちは身構えた。しかし、セレナだけは、この声がどこか懐かしく思えた。

兵士の一人が空を指差した。


「ああっ!何だあれは!?」


ガラたちが兵士が指差した方向を向くと、そこには月に照らされた巨大なドラゴンが飛んでいたのである。


「ドラゴンだ!」


兵士たちは恐れ慄き、逃げ出したり、ガラたちを放って散って行ってしまった。幸いにも、兵士の一人がガラたちの武器を持っており、それも捨てて行ったのだった。

ガラたちは手に縛られた縄を切り、武器を取り戻した。


そのドラゴンは、月明かりであるが、黄金の鱗に覆われ、額には大きな角が一本生え、緑色に光る目をしていた。

そして、ドラゴンはガラたちを見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「よくぞ砂漠を越えてやってきた、火の民の子と風の民の子よ。そして竜の巫女、勇敢な女戦士よ。そなたらを待っていた。ここは危険だ。今すぐ我について来るのだ…」


ヴェダーは、ドラゴンに向けて話しかけた。


「アディームか?神殿に向かうのか?」


ドラゴンは、ヴェダーの方を向き頷いた。


「申し遅れた、我が名はアディーム。砂漠に眠るオーブを守護する竜なり。そして、勇者の秘宝を守護する竜なり」


「勇者の秘宝だと!?」


ヴェダーは、口笛を鳴らしペガサスを呼んだ。

セレナはドラゴンになり、ガラとドロレスを乗せて飛び立った。


月明かりに照らされ、ガラたちはパラノ城を後にした。


城を飛び立ち、しばらくすると、セレナが何かに気付いたようである。


《何か焦げ臭い!燃えてる臭いがする!》


ドロレスは、後ろを見て叫んだ。


「街が燃えてる!サーバスの城も!みんな燃えてるぞ!」


ヴェダーは、後ろを振り向き街を見た。


「あれは、神聖ナナウィアの旗だ!既に進軍していたっていうのか!?」


サーバスの敵国、神聖ナナウィア帝国は、一夜にしてサーバスの首都を陥落させてしまったのである。その裏で皇后が暗躍していたというのは、後になって分かったことである。


そして、パラノ城より南東へ向かうと、そこには三角錐の形をした不思議な建物が建っていた。それこそが、まさに古(いにしえ)の勇者の墳墓であり、アディームの神殿であった。


ガラたちは、神殿の前に降り立った。

そして、ヴェダーは、ドロレスとセレナに向けて言った。


「いや、しかし良かったな!これで心置きなく勇者の調査が出来るってわけだ!しかし、お前たち、その格好もなかなか良いぞ!」


ヴェダーがドロレスの肩に手を置いた瞬間、ドロレスの拳がヴェダーの腹にめり込んだ。


「はぐおっ!?」


ヴェダーは、腹を抑えてしゃがみ込んだ。


「お前、絶対に許さないからな!あたしたちを何だと思ってるんだ!」


セレナは人間の姿になった。そして、ガラはクロークをセレナにかけた。


「セレナ、大丈夫だったか?何かされなかったか?」


その時、セレナの拳がガラの顔面にヒットした。ガラは吹き飛び、倒れ込んだ。


「ガラしっかりして!私をちゃんと見ててよ!」


セレナは涙ぐんでいた。しかし、ドラゴンの力はあまりにも強く、ガラはフラフラと立ち上がるのがやっとであった。


「げ、げふっ!わ、わりぃ…酒飲み過ぎた…』


アディームは、人間の姿になり、セレナたちに再び語りかけた。


「改めて我が神殿にようこそ。さっそく、君たちに会わせたい人がいる!」


アディームは、ガラたちを神殿の中へと案内した。


神殿の奥は、地下へと繋がっており、長い階段を下りて行くと、そこにはとてつもなく大きな空間が広がっていた。そして、何やらその中央には、台座に置かれたオーブが輝いており、その光に照らされ、二人の人影が見えた。


その一人がガラたちに声を掛けた。


「遅かったな。やっと来たか」


ガラは聞き慣れた声だと思った。


その時、神殿の松明に一斉に火が灯され、空間全体が明るくなった。


そして、その声の主が誰だかすぐに分かった。


「アマン!何故お前がここに?」


クァン・トゥー王国の勇者アマダーンであった。ドロレスもセレナも、その顔と声はよく覚えていた。しかし、ドロレスは、アマダーンの影に隠れたもう一人の人間に気が付いたのである。


「その子は?」


ドロレスは、アマダーンに尋ねた。


「この子は、マーズだ…」


アマダーンは、マーズを自分の前に呼んだ。

そして、アディームが言葉を続けた。


「彼が勇者の末裔だ」


ガラたちは驚いた。あまりにも早く勇者の末裔が見つかってしまった。しかし、まだ幼い少年である。そして、それを連れているのが、かつての「勇者」である。


ガラは静かにアマダーンに語りかけた。


「アズィールは亡くなったみたいだな。残念だ…」


アマダーンは、少し頷き、マーズの頭を撫でて言った。


「お前たちは、これからどうするんだ?俺はこのアディームってやつにここに来いと言われたから来ただけだ。まさか、またあの魔王を倒しに行くんじゃないだろうな?」


ヴェダーが何か言おうとしたが、アディームがそれを遮り、語り始めた。


「皆の者よ、どうか聞いて欲しい。魔王が現れ、そして勇者も出現した。これは必然なのだ。しかし、これからが本当の勝負なのだ。我々は、一刻も早く、魔王の魔の手から、世界を救わねばならない。どうか、皆で力を合わせるのだ!」


ドロレスは、アディームに言った。


「ああ、あたしたちもそのつもりでここまで来たんだ。魔王を封印する方法を教えてくれよ!」


アディームは、オーブに手を当てると、空間に映像を浮かばせた。まるで宙に浮いた絵画のようである。その絵は、動いていた。4人の人間が、真ん中の影の周りを囲んでいる。


「いいか、これを見てくれ。魔王の周りを取り囲む四つの民だ。それぞれの力を使い、魔王の動きを封じ込める。そして、勇者の剣で、魔王の額に剣を突き刺す。そうすると、魔王は、この世界の体を失い、再び深淵に戻り、深い眠りに付くのだ」


ドロレスは、目をパチパチさせて言った。


「…って、え?それだけ?」


ヴェダーも思わず声を上げた。


「四つの力?魔王を封じ込めるだと?一体何をどうすればいいんだ?」


ガラも続けた。


「で、勇者の剣ってのは何だ?あのくそったれ野郎の額に突き刺せるほどの凄い剣なんだろうな?」


アマダーンは笑った。


「はっはっは!傑作だ!その剣とやらで魔王を突き刺すのが、この坊主なんだからな!貴様この子を殺す気か?」


ガラたちは、アディームに詰め寄った。

あまりにも単純な話で面を食らったとでも言おうか。

一体あの強大な力を持つ魔王にどうやって立ち向かって行くのか、力を封じ込めるのはどうしたらいいのか、勇者はどうすればその剣を手にするのか、それはまさに不安という言葉に支配された姿であった。

アディームは、ガラたちをなだめ、ゆっくりと説明しようとした。


「分かった!君たちの言いたいことはよく分かった。まずは、これを説明させてくれ!」


アディームは、オーブから少し離れて何やら呪文のようなものを唱え出した。


すると、オーブの光がさらに強くなり、その床に描かれている文字が緑色に光出したのである。


その時であった。


ドーンという音と共に、神殿全体が揺れたのである。パラパラと砂が天井から落ちて来る。


「な、何だ?」


ガラは、思わず声を上げた。

アディームは、呪文を中断した。ふっとオーブの光と、床の文字の光が消えた。


「しまった!神聖ナナウィア帝国が、ここまでやって来たようだ!」


アディームは、階段の上に目をやると、外から大勢の兵士たちの声がした。

その時、ヴェダーが叫んだ。


「まさか、連中ここの財宝を狙っているのか!?」


そして、アディームが叫び外へと走り出した。


「皆!武器を取れ!まずはこの神殿を守り抜くのだ!」




第三章完。

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