第24話

 それからしばらくして全員の食事が終わった頃合いで校内放送のようなものがあった。魔法で声を拡散しているらしく、声の主はどうやらスオキニ先生のようだ。


『食事を終えた者は再び寮に戻り、集会所にて待機。全員が揃い次第、寮の使い魔への紹介と挨拶を行うからそのつもりで』


 今日のスケジュールはつつがなく進行されるらしい。


私は平静を装って食後の紅茶を飲んでいたが、内心は子供のようにワクワクいている。使い魔の挨拶なんてテンションが上がらない訳がない。


 一番初めに食堂についていたウェンズデイとサドニーズが最初に席を立った。私は見送る意味も込めて声をかけることにした。


「次に会えるのは明朝でしょうか?」

「ええ、そうですわね。皆さん、使い魔への挨拶頑張ってくださいね」


 そんな優雅な一言を残し、ウェンズデイ達は食堂を出て行った。仕草や口調は私なんかよりもよっぽどご令嬢だ。今後も参考にさせてもらう機会は多いだろう。同性の友人としては一番仲良くしておきたいところだ。


 などと打算的な事を考えつつも、自分なりに優雅で可憐な私を想像してみた。が、それはすぐに粉々にぶっ壊された。


 イガムールがこれ以上ないくらいに下品なゲップをしながら、食事を終えたのだ。彼の周りのテーブルは汚らしく散らかっており、粗野な外見に違わぬほどの有様だった。


 しかも隣を見れば、再び頭巾と一緒に最大限の陰気で自分を覆い尽くしたヒドゥンの姿が目に入る。ウェンズデイとサドニーズがいなくなったせいで、一気に華やかさが失せた。


 リリィはともかくとしてアーネは特に期待外れだ。スプーンを持って、これ見よがしにオラツォリスにモノを食べさそうとしている。主従の関係を通り越して、まるで姉と幼い弟の様な有様だ。品や体制や周りの目などはまるで気にしていない。完全に二人だけの世界を作ろうとしていた。救いなのは、オラツォリスが弱々しくも抵抗の色を示しているくらいか。尤も彼女の押しの強さと、彼の討たれ弱さでは対抗にはなっていなかったが…。


 私はここで虚勢を張ることの虚しさと、周りの弁えなさに憤りを感じて早々に部屋を出ることにした。ある意味でだが、やはり悪魔や魔術師たちは一筋縄では関係を作れないと実感した瞬間でもあった。


 食堂を出て人波を掻い潜り、道行く者も疎らになった頃。リリィの方から話しかけてきた。


「アヤコ様、先ほどの沈黙はご立派でした」

「ああ…吸血鬼の話?」

「ええ。本当はウェンズデイ様の言葉の意味が分かりかねてましたでしょう?」

「うん。アレどういう事だったの?」

「吸血鬼は私達と扱いが違うんですよ。数ある悪魔たちの中でも別格の種族ですからね。没落したとしても吸血鬼と言うだけで、その他の上流よりも特別な扱いを受けるんです。下々の者達と食卓を囲う事はありません。吸血鬼は吸血鬼のコミュニティで過ごすんです。多分、寮の部屋も別で用意されていると思いますよ」

「なるほどね」


 肌で感じていた通り、やっぱり吸血鬼は扱いが違う。潜在的にあれだけの魔力を秘めているのだから当然と言えば当然だけど。正直、内包されている魔力の量を思えば、私はフィフスドルには遠く及ばない。勿論、それだけが魔法の実力という訳じゃないから、私が彼に劣っている事と直結はしない。


 吸血鬼は魔力を体に内包してそれを力として振るうのが種族としての習性だと聞いた事がある。超人的な怪力や回復能力、霧や蝙蝠への変化、隷属化や魅了など肉体を駆使する能力が多いのはその為だ。


それでも齢を重ねた吸血鬼の中には、私達が使うような体外に魔力を作用させる、いわゆる「魔術」をも使いこなす者もいるが、大抵の吸血鬼はそれを苦手とする。若い吸血鬼ほどその特徴は顕著だというから、恐らくはフィフスドルもそうなのだろう。


などと、色々御託を並べてはみたが吸血鬼が悪魔の中でも一目置かれている存在であることは事実だ。吸血鬼を丸め込めれば、魔界の中核に触れたと言っても過言ではない。


 という事は…。


「はい。吸血鬼を取り込むのがアヤコ様の夢の実現の一番の近道かも知れません。特にあの…」

「フィフスドル・アンチェントパプル、ね」

「「ふふふふふ」」


 私達は笑った。


 目的がより明確になったことで、それを掴み取るための一端を捉えられたような気になった。それに加えてリリィの順応さには正直驚いている。まるで十年来の友人のように話が合う。油断しているといつの間にか食い殺されそうな気さえしてくる。


 けど、それは気のせいじゃない。


 私がリリィが悪魔であることを忘れでもしたら、きっと寝首を掻かれることになる。私は野望を叶えるために、悪魔の巣窟にいるのだから。そう思うとリリィのこの笑顔に一瞬だけ背筋がゾクリと震えた。


 ◇

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