第22話

 悪魔と魔術師の学園らしく、バリンルザ・サーサリィアカデミーは昼夜逆転したライフスタイルで授業が行われる。つまりは朝昼に寝て、夕方以降に活動し始めるという事。


 部屋決めが終わった後、私は空腹よりも睡眠を優先して早々に寝てしまっていた。


 ベットは粗悪とは言わずとも、質のいいものではなかった。それでもエコノミークラスの座椅子や、安さ以外に取り得のないホテルで寝るよりもよっぽど心地がよく、旅の疲れと合格が決まった安心感もあってリリィに起こされるまでは文字通り死んだように眠っていた。


「アヤコ様、起きてください」

「・・・ん」

「お目覚めですか? 制服が届いてますよー」


 そんな呼び掛けで起こされたのに、私はまず窓の外の景色を見た。沈みかかった太陽の最後の抵抗の様な夕焼けが広がっている。逢魔時が来る。もっと小さい頃から夕陽を見ると血が騒ぐような感覚が全身を走る。この感覚のせいで、私は妖怪の血も引いているんだと、なんとも言えない感情を覚えていたことを思い出す。


 とはいえ、今となっては感謝の一つもしてやる余裕はある。どんな理由であれ、魔女になり、その才覚を遺憾なく発揮できる事は私にとっては喜ばしいことだから。


「いい夕日・・・」

「夕日よりも、ほら見てくださいよ」


 言われるがままに、寝ぼけ眼で声のした方を見た。そこには卸したての制服を身につけ、さらにあざといポーズを決めるリリィの姿があった。


 白いワイシャツに白黒のチェック柄のネクタイを締め、白を基調としたジャケットを羽織っている。悪魔が純真の象徴たる白い服装をするというのも皮肉が効いていると思った。その下にはネクタイと同じ柄のスカートを履いているが、「それはもう履いていないのと同じでは?」と思わせるほどに短くしている。


「どうですか? 一足先に着ちゃいました。サイズなんて測られてないのにピッタリ」

「ちょっとウサギの耳だけ出してみて」

「え? こうですか?」

「・・・良い」


 ぼさぼさの髪に覆われた下の顔で、私はにやけた。起きた瞬間、うさ耳の美少女が制服姿でいたら、誰だってにやけるはずだ。私が男だったら襲ってたかもしれない。


 私は顔を洗って涎を流すと、うきうきしながら届いている制服に袖を通した。リリィの言う通り、測られた覚えなんて全くないのにオーダーメイドしたかのようにぴったりだ。


 次いでリリィにお願いして、鏡台の前で髪にブラシをかけてもらった。そういえばコスメや化粧品って買えるのかな。日本からある程度持ってきてはいるが、それだって無限にある訳じゃないし、アメリカのグッズにだって興味はある。


 やがてブラッシングを終えたリリィはクローゼットの中から、私が試験の間に付けていた赤いマントローブを取り出して、自然な流れでそれを羽織わせてきた。


「お似合いです、アヤコ様ぁ」

「ふふ。ありがとう。でもこのマントは必要?」

「はい。8月とは言えマサチューセッツの夜は意外に冷えますし、それに初めて会ったときの印象が赤いマントでしたから」

「けど校則は?」

「首席だったらそのくらいの我が儘は聞いてくれますよぅ」

「ま、それならいっか」


 冷えるのは事実だし。制服も可愛らしいがもう少しアクセントが欲しいと思っていたところだし。


「制服と一緒に蛇から言伝ても貰えました。これから夕食を食べて、それから使い魔へ挨拶に行くそうです」

「そう。わかった」


 昨晩は何も食べずに眠ったせいで、頗る空腹だ。このままでは腹の虫がなりかねないので、私は最後の携帯食を口の中に放り込んだ。もう食事の心配をする必要はなくなったしね。


 部屋を出ると地図を持ったリリィの案内で食堂を目指す。食堂だけは全ての寮が共通で同じ建物に集うらしい。寮を出るとすでに夜になっていたのだが、不思議と昨日よりは闇が薄らいでおり、遠くの方まで見渡せるようになっていた。


 昨日の新入生たちが同じ時間に同じ場所を目指すので、なかなかの賑わいを見せていた。食堂に辿り着くと、慣れないところに戸惑っている生徒ががやがやと騒いでいた。しかし何人かが私の事に気が付くと、すかさず道を譲ってくれた。それは瞬く間に広がっていき、気が付けば他の寮であっても構わず端によっては道を作ってくれた。


 流石は主席効果と言うべきか、私もリリィも二人で優越感を必死にこらえて平静を装った顔をしている。


「あ、アヤコ様。私たちはこっちみたいです」


 言われるがままに少しだけ道を逸れる。すると、先に見えていた食堂のドアよりも数段、趣向の凝った作りになっていたので特別な扱いを受けているとは知れた。


 私はリリィが引いてくれたドアを抜け、中に入る。すると既に食事をしている生徒がいた。


「アヤコ。ごきげんよう」

「ウェンズデイ、こんばんは」

「よく眠れたかしら?」

「ええ。とてもよくね」

「あら? 早速従者を従えてますのね」

「お初お目にかかります、ウェンズデイ様。アヤコ様お着きのリリィと申します」

「ふふ。よろしくね、リリィ・・・ではこちらもご挨拶を」


 そう言って自分の座っている椅子の隣に声をかけた。


 私が部屋に入った時からずっと傍で控えており、当然目にも入っていた。それなのにも関わらず彼が動き出すまで風景の一部だと思い込まされていたのだ。それほどまでに自然と気配を消していた。


「始めまして。ウェンズデイ様付きの執事でサドニーズでございます。お見知りおきを」

「アヤコ・サンモトです。よろしく」


 例えばイギリス出身の高身長でイケメン、十六歳の青年執事(メガネ付き)を想像してもらいたい。そんな妄想の集大成の様な顔の整った男子生徒だった。


 やはり執事と言うのも捨てがたいなジュルリ、などと考えているとにぎやかしく後ろのドアが開かれた。

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