第12話

 視線の先にはどっち付かずの場所でおろおろとしている一人の男子生徒がいた。その生徒に向かってウェンズデイはつかつかと歩み寄っていった。


「ごきげんよう、オラツォリス」

「ウ、ウェンズデイさん。こんにちは…いや、もうこんばんは?」


 オラツォリスと呼ばれた生徒は絵にかいたくらいオドオドとして挨拶を返していた。ウェンズデイが礼節を弁えているとはいえ、じゃじゃ馬感があるせいで二人の性格が対比されて、余計に両者の雰囲気が際立ている。


「おいでなさいな。紹介して差し上げますわ」

「え? え?」


 強引にオラツォリスの手を引くと、ウェンズデイは私のところに彼を引っ張ってきた。それだけのことなのに涙ぐんだ瞳をうるわせている。


「アヤコ、フィフスドル。紹介いたしますわ、私の友人のオラツォリス・エデナクです。ほら、ご挨拶なさいませ」

「あ、あの、オラツォリスです。よろしくお願いします」

「アヤコ・サンモトです。こちらこそよろしくお願いします」


 …なんだ、このナヨナヨした小枝を人間にしたようなショタ。同級生なのか…まあアメリカということは実際に飛び級した年下の子どもと言う可能性もあるけど。試験を合格しただけでも怪しいのに、本当に上位の七人にランクインまでしてるの?


 ただ思い出せないけどエデナクという家には聞き覚えはある。ウェンズデイの友人かつアーネが侍女を務めるという事は悪魔なのだろうけど、それにしては全然迫力がない。こういうのを装って人を誑かすタイプの悪魔なのかな。


「それなら私も友人を紹介いたしますよ。ヒドゥン君」


 フィフスドルはそう言ってさっきまで隣にいた男子生徒を呼んだ。ヒドゥンと呼ばれた男子は身体をこちらに向けたが、動くことはなかった。その場所に静止したままこちらを見ると、軽く会釈しただけでまたそっぽを向いた。


 アイツも曲者っぽいなぁ。そもそも頭巾をがぶって目元しか出していないのも怪しさ満点だ。


 イガルームといい、オラツォリスといい、ヒドゥンといいまともな男子の合格者はフィフスドル以外にいないのか。


「彼は無口な性分でね。でも気は良い人だから、私共々仲良くしてください」

「ええ、もちろんです」


 本当はご免被りたいが、フィフスドルとの関係は友好的なモノを築きたいから愛想よく返事をする。ま、仮にもここにいる生徒たちは【七つの大罪】とやらに選ばれる程の実力を持っている事には違いない。力があるのなら、多少は性格に何があっても目をつぶろう。


 そんな事を思っていると、驚きのあまり固まってしまっているウェンズデイの姿が目に入った。一体何事かと思い、つい声を出してしまった。


「ウェンズデイ? どうかした?」

「いえ、その…今ヒドゥンと呼んだあの方……頭巾にシクレット家の紋がありますが、まさか?」


 恐る恐るという表現がぴったりはまるように、ウェンズデイは恐る恐るフィフスドルに真相を尋ねた。当のフィフスドルはそんなウェンズデイの様子を意に介さず、さして大したことはないように言い返した。


「はい。シクレット家のハンターですよ」

「やはりそうですの…」


 と、見る見る弱気になってウェンズデイは反応した。


 とは言え、彼女の反応は最もである。『シクレット』という名前は悪魔にとってはそれだけ畏怖され、忌避されてもおかしくない家なのだから。尤もウェンズデイの関心はそんな悪魔払いの名門であるシクレット家と、その退治させるべき悪魔の名門であるアンチェントパプル家の子息同士が友人関係であるという、その事実にあったようだが。


 私も悪魔だったらもっと驚いていたかもしれない。


 何はともあれ、この部屋にいる合格者の大よその情報は分かった。あとはそのトイレに行っているという暢気な男子が帰って来れば…誰が私よりも好成績を出したのかがはっきりする。


 悔しい思いは本物だが、家督相続の為の下僕を募ると言う意味では実力者が多いというこの状況はむしろ喜ばしい。何とか取り入って、私の為に働いてくれる悪魔や魔法使いたちを一人でも増やしたい…。


 そんな考えが過ぎったところで、後ろのドアが開く気配を感じた。


 ようやく最後の一人が揃ったらしい。すぐに教師の面倒くさい事情説明が始まるだろうが、せめて顔だけでも見ておきたい。


 そう思って振り向こうとしたのだが、それよりも早く私の耳に聴き慣れた、それでいて二度と聞きたいくはないと思っていたとある男の声が飛び込んできた。


「あ、亜夜子っっさぁぁぁぁん!!!」


 その声に振り返って見ればドアの目の前に両手を大きく広げて、一人感動に打ちひしがれている男がいた。爛々と目を輝かせ、飛び切りのその笑顔は千秋を越えて恋人に再開したようなオーラを全開にしている。


 その感動は足にも伝わり、男は堪えのきかなくなった犬よろしく、真っすぐに私に向かって走り出してきた。


 脳みそが目と耳から得た情報の受諾と拒絶とを一緒に行っている。


 が、迫りくる現実を目の当たりにした結果、私はアイツがここにいるという事実を受諾した上で拒絶することを選んだ。それは悲鳴という形で表に出ることになったが。


「きゃあああああ!!!?」


 ギリギリのタイミングで飛び込んできた男を避けた。そのせいで地面に顔面からスライディングしているが、そんなのは知ったこっちゃない。私は悲鳴の勢いに乗せて、心に浮かんだ言葉をブレーキも掛けずに吐き出した。


「何で!? 何でアンタがここにいんの、波路なみちぃ!!」

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