第3話 臨時貸与

朝いちばんで貸与帳を待った。鍵束が“誰の手に渡ったか”を紙にする、ほぼ唯一の窓だ。

記録所の窓は低く、霧の湿りが羊皮紙の繊維にうっすら残る。蝋と油の層は昨日と同じだが、今日の紙は重い。


最初に届いた帳は——空白。

上段の隅にだけ、粉のような白。砂消しを擦った跡。消すべき文字が存在したことだけが残っている。


「貸さない夜もある」とガトリー主任。

「書けない夜も、あるでしょう」

主任は欠伸を噛み殺し、墨壺の蓋を指で叩いた。「書けない夜は、たいてい静かじゃない」


蝋燭支給控。

礼拝堂(蜂蝋)……昨夜48→本日も48申請。

王の家(蜂蝋)……“祈祷用”名目でさらに追加。

廊下(獣脂)……据置。

蝋台係の女が数字を見て舌打ちした。「祈りばかり増えると、蝋の足が早くなる」

祈りは長くなる。蝋は短くなる。数字は正直だ。


厨房の配膳表は、CHILD × 2のまま。

ただ、欄外の**“1?”は薄く掠れて、上から茶色の筆致で均されている。書き直しの癖は、書いた者の手の震えを隠せない。

返却籠には今日も小さなかじり跡**のパン。大きいほうの皿の縁に、乾いた蜂蜜の膜が薄く固まっていた。

二皿。だが指は“一”を知っている。


巡診記録は、依然停止。医師アルジェンティンは短く言った。

「呼ばれぬ場所では、病はないことになっている」

彼の指は細く、爪の縁に蝋がついていた。祈りの時間に医師は要らない。蝋には医者が要る。


夜警の巡回表は、矢印がさらに内へ折れている。

白塔/王の家の周辺に停止点が増え、外壁沿いの矢印がまばらだ。

老衛兵が矢印を爪で弾く。「外敵は鐘で起こせる。内敵は、蝋で見張る」


昼、水門(トレイターズ・ゲート)。

水番は目を伏せて言った。「今夜は灯を低くと言われた」

「誰から」

「印章だけが下りてきた。名前は紙に残らない」

通行台帳の小舟欄は、印影のみが押され、名がない空欄が一つ、また一つ増える。川は口を閉じ、紙は目を閉じる。


夕刻、貸与帳の本物が副長室から出た。

ロバート・ブラックンベリー副長は輪を机に置き、俺を見ずに言った。

「親の持ち替えはない。だが、子は動く」

輪から外されたのは、KH(キングズ・ハウス)とST(聖トマス=水門)の子。二本だけ。

副長はその二本を黒い布袋に入れ、紐の結び目を二重にした。鈴を布で包むやり方だ——音を殺す。

「貸与先は?」

「輪が命令する」と副長。

紙に書けないとき、輪が命令する。命令は音を殺し、紙を避ける。


帳面に受け渡しの線は引かれなかった。代わりに、小さな木札が袋の紐に通された。古い紋が浅く彫ってある。王家評議会の印と似ているが、線が一本足りない。

「それは——」

副長は俺を見ずに言った。「例外の印だ。例外の印は、後で何にでも読める」


廊下で、封蝋の箱を抱えた背の高い男とすれ違う。タイレル。

視線はまっすぐ、足音は床に吸われる。副長室に入り、短く出る。

短く来て、短く去る。輪の外で輪を動かす者。


礼拝堂。

夕の朗唱は、始まりが遅く、終わりがさらに短い。

声は二。高い/低い。だが、高いのが途中で落ちる。

蜂蝋は四本、刻みで短くなる。短い祈りに、蝋の減りは合わない。廊下の角の皿にも蜂蝋が置かれはじめた。祈りは角を必要としない。角の蝋は見張りのため。


夜、記録所に戻ると、ガトリー主任が肩を竦めた。「貸与帳は今夜も白紙で終わるぞ」

「輪が命令した夜だ」

「そういう夜は、明け方に誰かが老ける」

主任は墨壺を閉じ、灯を指でつまんだ。火は弱く、部屋はすぐ冷える。


ビヤワード塔の陰で、黒い布袋が静かに渡るのを見た。渡したのは副長ではない。副長の代を示す小札が、一瞬だけ月明かりに浮いた。

受け取った男は輪を外套の内側へ滑らせ、布でさらに包んだ。紐の結び目は“逆”。普通は右が上だが、彼は左を上にした。左上の結びは、この塔では珍しい。

(結びはログになる。結びは嘘をつかない。)


夜警の矢印どおり、王の家の周りに灯が増える。蜂蝋の光は温度が高く、影の縁が硬い。硬い影は、鍵穴の位置を教える。

角ごとに立つ若い衛兵の肩の上で、蜂蝋が涙を落として固まる。固まった涙は、翌朝、蝋台係が数えて記録する。祈りの涙は数えない。見張りの涙だけが数字になる。


水門へ下る通路で、灯が一度だけ消えた。風ではない。誰かが指でつまんだ火は、音を立てない。

暗さは短い。次の灯がすぐ点く。蜂蝋の匂いが強い。獣脂ではない。

水番が低く言う。「静かに——」

川の上で、布を巻いた櫂が水を押す音。小舟だ。

通行台帳には、今夜のその行が空白で残るだろう。印章は押される。名は押されない。


深夜。

礼拝歌が、今夜は最後までない。

鐘は鳴らない。祈りの輪唱もない。蝋だけが減る。

廊下の角では、衛兵が息を殺し、内側の扉に耳を寄せる。

踏む足は少ない。鍵穴に入る金属の息が一度。滑りは良い。左上の結びの男が、輪から一本抜いた音だ。

**KH(王の家)**が開く。

**ST(水門)**は、まだ開かない。順番がある。順番は紙に残らない。耳に残る。


石の中で時間が薄くのびる。

俺は廊下の陰に立って、灯りの消費を数える。

角の蜂蝋が二本、短くなり、礼拝堂の蝋が一本、半分だけ減り、王の家の窓の内側で影が一つ、二つ、三つ、細く伸びて戻る。

戻る影は三。出る影は二。

数字は声を出さないが、引き算はしゃべる。


やがて、黒い布袋は別の手に渡る。左上の結びが、右上に変わって戻ってきた。結びが変わるのは、手が変わった合図だ。

貸与帳は白紙のまま朝を迎える。だが紙の外では、鍵が二度、命令を受けた。


——臨時貸与は成立した。

親は持ち替わっていない。子だけが輪から外れて動いた。

蝋は祈り以外に燃え、歌は今夜だけ消え、水門の灯は低く、通行は空白。

死体はまだない。だが、生活のログは**すでに“事件の文体”**で書かれている。


明け方前、石壁が冷え直し、霧が戻る。

副長が廊下に立ち、俺に言った。

「書記、記すな」

「はい」

「覚えろ」

「はい」

記せない夜は、覚える夜だ。覚えれば、嘲笑される朝に間に合う。


寝台に横になり、結びの向きと灯りの減りと影の数を同じ列に並べる。

“空想”と笑われても、俺は見た。

鍵が命令した夜の後には、数字が“1”になる。

どの“1”が落ちるかは、次の夜が決める。

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