株式会社KWSステーション ~どこかでずれたあいつのあいつ~
ともはっと
紙の記録
「あら。今日は遅い出勤ね」
私こと――
先日、業務支援システム部に異動となり、晴れて同支援課のシステム部長となった。前部署兼任部長ではあるが。
なんとなく寝坊――げふんっ。会社のこれからのことを想い思考にふけっていた所、見事に電車に乗り遅れてしまい、その結果、お昼のほうが近いかな、くらいの時間に出社した。
当たり前のように、まるで朝からいたかのごとく休憩室でインスタントコーヒーを飲んでみたものの、これはシステム部の部長としてよろしくない態度だと後めさを感じる。
気を引き締めるべきだと自分を鼓舞する。
したところで、先の一言だ。
「静君……。そう言われるとちょっと凹むな」
静君――
この会社は研究者も大勢いるが、彼女は昔から白衣を着て会社で業務を行っている。
服を汚さないために着ているそうだが、白衣汚れたらどちらにしても洗うの面倒じゃないかとか思うのだが、そこはどうなんだろうか。
とはいえ静君。私はだね、会社のことを考えて動いた結果、遅刻したのだよ。
そうに決まっているじゃないか。
「事実でしょ。朝礼なんてとっくに終わってるわよ」
静君はきっと、私の遅刻理由を知っている。なぜだ。
「いやまあ、そう言う時間ではあるんだがね」
「なんかいいことでもあった?」
「いや。特に」
「なーんだ。彼女でもできたのかと報告もらえるのかと思ったのに」
「それはいつ報告できるのやら。このままだとずっと報告出来なさそうだ」
なんだったら静君が恋人になってくれればそれでいいのだが。
なんていったところで笑われて終わりだろう。
「報告を待っているなら静君が私の恋人になれば報告できるぞ」
と。とりあえず言ってみる。静君という美人さんと結婚できたらどれだけ幸せだろうか。その希望が少しでもあるのなら、私はあえて言う。さあ、答えやいかに。いや、答えを聞くまでもない。わかってる。ついに私と静君は結ばれるのだ。
結婚したからの生活が楽しみすぎて仕方ない。誰だ、結婚を人生の墓場だといったやつは。
「なんで私が報告もらいたい側なのに報告する側も兼任するのよ。一人芝居みたいじゃない」
「いや、ほら。君と私もいい付き合いだし」
「寝言は部長に昇進してからいいなさい」
「え、私、いま部長……しかも二部署兼任……」
静君は笑いながら去っていく。
それを苦笑い交じりのため息とともに私も追いかける。
なんというか、ちょっと大人の青春を感じてしまった。いや、多分違うな。
ベタ展開か。
だったら私に静君という春が来てもいいものだが……
私はインスタントコーヒー片手に事業部へと入る。
まばらな挨拶に適度に返しつつ自分の席へ。
PCの電源を入れると、会社指定のロゴが現れる。
K W S
――株式会社KWSステーション
国内外に拠点を持つIT事業に特化した会社だ。
テレビCMでもおなじみの会社であるから知っている人も多いだろう。
幅広い事業展開――特に高度な業務支援・AI技術・情報管理を専門とする知識労働支援型IT企業だ。
主に企業向けの製品販売を行っている会社でもあり、業績は右肩上がり。
『
そんな謳い文句で、有名な会社である。
「さてと。今日はどんなメールが来てることやら」
私は今日も、この会社で仕事に明け暮れていた。
社屋の地下。
普段は誰も立ち入らない、古い資料保管室がそこにあった。
棚には年代ごとに分類されたファイルが並び、紙の匂いと埃が混ざった空気が漂っていた。
電子媒体が主流である昨今、これら紙媒体資料を電子データに置き換える施策を行う上で、放置された資料群が置かれた場所だ。
その日は、社内の機密文書の一斉廃棄作業が行われていた。
すでに電子化された資料を優先的に、不必要な紙媒体は破棄する作業である。
業者が数名、無言で段ボールを開け、書類をシュレッダーへと運んでいく。
すでに段ボールに入っているものは地下三階から外へ。外の軽トラックに乗せられ、後ほど溶解処理するために業者に輸送される。
業者の一人が、一つ、段ボールを台車に乗せ、エレベータへ。
上階に出て軽トラックに乗せていた。
「おつかれー。それ全部処分対象?」
軽トラックに乗せた資料が盗まれないよう、監視と運転手を兼ねた同僚に声をかけられ、入社したばかりの作業員はお辞儀する。
「ええ。まだいっぱい下にありますよ」
「はー。やっぱり大企業ともなると古い資料を溜め込んでるんだねぇ……うわっ、これかなり古い資料じゃない?」
「十年以上前のプロジェクト資料みたいですね。旧社名が入っているからかなり古そうです」
新人作業員がぼふっと軽トラックに積んだ段ボールが、置いた衝撃でガムテープが剥がれて中身の資料がばさりと落ちた。
「あー……。こんなにもぎっちり詰めたら溶解処理するときも大変だなぁ」
「荷台から運ぶときに腰痛めそう。……ん? なんだこの資料……」
運転手が、こぼれた一冊のファイルを手に取った。
分厚いバインダー。表紙にはかすれた文字と手書きで「-USO試験記録」と書かれていた。
その文字は、かすれていて、誰かが急いで書いたような乱れがあった。
「んー……k……ウソ試験?」
運転手が険しい顔をしながら読み上げると、背後に気配を感じた。
中身を盗み見ていると勘違いされたら困ると、すぐさまバインダーを段ボールの上へ置き振り返る。
そこに、一人の男が立っていた。
中背、黒いジャケット、白いマスク。
無表情で、ただじっとこちらを見つめる男。
「……あの、こちらの会社の方ですか?」
若い作業員が声をかけると、男は何も言わず、目だけを動かして運転手が置いたバインダーをじっと見ていた。
「すみません、これは廃棄対象なので……いえ、決して覗き見たとかではないですよ」
作業員がバインダーを手に持ち直すと、男は一歩だけ前に出た。
その動きは機械のように滑らかで無音。その動きと無言で近づいてくる姿に不安が募る。
「――あれ? どうしたんだい、透さんじゃないか」
戻ってくるのが遅い若い作業員を心配した一人の作業員の男が、そこで会った知り合いに驚きながらも挨拶する。
元々この会社と契約している業者であるから、古株の作業員は知り合いが多い。だけど、気難しそうな会社の従業員に気さくに声をかけられるのは彼くらいのものだった。
「いつも夜間勤務でしょ。いやぁ、今日は日勤帯での仕事? つらくないですか?」
透と呼ばれた男は、声をかけてきた作業員をちらりと見ると、ぺこりとお辞儀してまた先のバインダーを見続けた。
その視線は、紙の束を通り越して、そこに書かれた文字が、彼の記憶を呼び起こしているかのように、彼の中にある何かを思い出しているようだった。
若い作業員がなぜそこまでこの資料を見るのかと不思議そうにしながら段ボールを改めて閉じようとガムテープを用意すると、一瞬、彼の目の前の景色が真っ暗になった。
「?」
段ボールのガムテープが、ぺらりと捲れて外れていた。
「あれ。これガムテープ張り直しじゃないか」
若い作業員は、剥がれたガムテープを剥がれないように止める。
作業が終わって振り返ると、すでに男はその場から立ち去っていた。
「あれ? 今の……誰ですか?」
作業員が呟くと、先ほどまで仲良さげに話していた古株の作業員は首をかしげた。
「
その言葉に、誰も答えなかった。知っている人が古株の作業員だけで、その作業員が知らないのなら誰も答えられるはずもない。ましてや、彼らが大きな企業の一従業員のことなんて知る由もないのだから。
ビルの影に冷やされた熱気が風となって、少し肌寒い風を吹かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます