第38話「対峙の後」
雪は静かに降っているようで、足元では乾いた断片音を立てる。私は、かすかな赤を追っていた。
最初は小さな斑点。凍りついた滴が雪面に小さな黒い星を作っている。指先で触れると、ざらりとした氷の感触に鉄の匂いが混じった。
跡は一定ではなかった。
踏みつけられた雪が乱れ、そこかしこに掻きむしられたような跡があり、時折深い溝が引かれている。
誰かが、抵抗したのだろうか。血のしぶきのように飛び散った赤は、すぐに風にさらわれて薄くなり、白の上で淡く光った。
やがて、祈祷道具の破片が雪上に見えた。護符の紐がちぎれて半分外れ、木彫りの小さな偶像は亀裂が入って転がっている。、布の端が、黒い縁取りごとに裂けていて、そこには泥と血の混じった色が染み込んでいた。
掌に持っていると、乾いた蝋の欠片が爪の隙間に引っかかる。あの匂い——甘くて冷たい蝋の匂いがする。
イヴァの匂いだと、なぜか私は思った。
破れた布の近くに、小さな木箱が転がっていた。
蓋は半ば開き、中には薄く伸びた蝋の塊と、布に包まれた小物が見える。
箱の外側にはかすれた印があり、それは私が以前見た印だった――イヴァが持っていた、小さな保存用の箱。
それがここにあるということは、誰かが彼女のものを手に取り、投げたか奪ったかしたのだろうか。
足跡をたどると、雪はさらに乱れ、ところどころに毛のような繊維が引き裂かれて散っているのが見えた。
白い毛の破片が、風に紛れて淡く揺れる。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
見たくないものを確かめてしまったのだと、自分に言い聞かせる。
ふと、私は自分の手を見た。先ほど触れた蝋のかけらが、包帯の端にくっつき、赤茶色が微かに混じっている。
思い出すのは、イヴァの爪に残っていたあの乾いた赤。
疑いは私を切り裂いたが、同時に私の中で別のものが目を覚ました。胸の奥に、守りたいという衝動が生まれていた。
なぜ守りたいのか。彼女は私に傷をつけたかもしれない。
もしくは関わっていけないのかもしれない。理性はそれを突きつける。だが肋骨のあたりに熱が広がるとき、私の声は別の言葉を探し始める。
怖れと愛は、いつでも同じ土壌に根を張るらしい。
罪の匂いがする物証を手に、私は不思議と心の奥で彼女をかばいたいと思った。
足跡はやがて小さな窪地へと続き、そこに大きな揉み合いの跡が残っていた。
雪がひっくり返り、泥と血が混じり合って氷の表面に薄い膜を張る。
祈祷書の一ページが濡れて貼りつき、文字がにじんで判読できない。
ここの中心には、二つの影がぶつかった痕跡がくっきりと残っている。誰と誰が、ここで激しく相対したのだろう。
心臓が高鳴る。確実な答えが欲しいのに、雪は答えを持っていない。
物はただ冷たく、証拠だけが無情にそこにある。
私はかがみ込み、裂けた布の縁にいつもの刺繍を見つけた。
マルタの祈祷衣に使われる模様――それがここにあるということは、彼女がここにいたと示すに十分だった。
同時に、短い距離に落ちていた蝋の破片が、イヴァの箱の残骸とつながった。
二人の持ち物が混ざり合って散らばっている。
それは対峙の痕跡であり、何かが崩れたことの冷たい証拠だった。
私の胸に、言葉にしがたい混沌が広がる。怒り、恐怖、そして奇妙な庇護欲。
イヴァのことを疑った夜は、私を乱した。
しかし今、彼女の匂いがここに残っているのを感じると、疑いは薄れていくわけではないが、守りたい気持ちがまさってくる。彼女がもし壊れてしまうのなら、私の中の何かも同時に壊れる気がした。
そのとき、遠くの雪原の向こうから、かすかな声が聞こえた。
祈るような、あるいは呼ぶような、低い音。耳を澄ますと、それは確かにマルタの声だった。
節のある呪文のような響きで、風に呑まれて途切れ途切れに届く。
声に反応して、私は足を踏み出した。
雪の白さが刃のようにまぶしい。対峙の跡は消えない。
けれど、その先に何があるかを確かめるのは——私だ、と思った。胸の奥で、ひとつ決意が固まる。
どんな真実があっても、今は確かめるしかない。
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