第29話「問い」
外は白く、風のうなりが小屋の壁を震わせていた。
火のはぜる音がやけに大きく聞こえる。
ティナは包帯をたたみながら、対面に座るイヴァをじっと見た。
彼女は魚の干物を裂き、鍋に落とし、無駄のない手つきでかき回している。
その指先に、乾いた赤茶の筋がまだこびりついているのを、ティナは見逃さなかった。
「ねえ、イヴァ」
思わず声が強くなる。
「……ルークを襲ったのは何だったと思う?」
イヴァはゆっくりと顔を上げ、目だけで笑った。
「なあに、急に」
「あなた、現場の雪壁を見てたって言ってたけど……本当に、何も見てないの?」
「見てたけど……吹雪で何も。足跡も影も、全部消えてた」
イヴァは鍋の中をかき回しながら、さらりと答える。
「でも、ルークは『白い影』って……」
「……うわ言でしょ? あんな状況じゃ何でも見えるものよ」
イヴァは軽く肩をすくめ、ひとさじ味見して、器用に笑ってみせる。
「ティナ、そんな怖い顔しないで」
「怖いに決まってるわ」
ティナは息を詰める。
「罠の確認に行っただけで、あんなことになるなんて……。次は私かもって、思ってしまうの」
イヴァは杓子を置いて立ち上がり、ゆっくりティナの方へ歩いてきた。
「ねえ、私があなたを一番、守りたいって思ってるの。信じて」
指先が頬に触れ、ティナは身じろぎする。
イヴァの指先は冷たく、でも掌はやわらかい。
「……でも、あなたの爪に血が残ってる」
ティナの声はかすれた。
「何か隠してるなら、言って」
イヴァは一瞬だけまばたきし、それから低く笑った。
「焚き火の薪を割ったときの傷よ。ね、怖いこと言わないで」
その目がかえって底知れなく見える。
ティナは視線を落とし、唇をかむ。
「……ごめんなさい。疑ってるわけじゃなくて……ただ、怖いだけ」
「いいのよ」
イヴァはささやくように言い、ティナの両手をそっと包み込んだ。
「怖いなら、こうしてて」
そのまま引き寄せられ、ティナは一瞬だけ肩を預けてしまう。
イヴァの胸から微かな獣皮の匂いがする。
あたたかいのに、胸の奥はざわついている。
「……ありがとう」
ティナはかすかに囁いた。
「信じたいの、あなたのこと」
「信じて」
イヴァは頭を撫で、耳元で低くささやく。
「大丈夫、私がいる」
火のはぜる音だけが残り、二人の吐息が白く溶けていく。
ティナの心臓は、守られているのか絡め取られているのか、自分でも分からなかった。
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