第27話「沈黙の雪」

小屋の中は、ひどく静かだった。

ルークの体はすでに雪の外へ運び出され、仮の墓のように雪を盛られて眠っている。

マルタは戻らないまま、吹雪の奥へ消えて半日以上が過ぎた。

残されたのは、ティナとイヴァだけ。二人きりの世界に、風の音だけが絶えず流れ込んでくる。


 ティナは焚き火のそばに座り、使いかけの包帯を膝に置いたまま、ぼんやりと指先を見つめていた。

白い布にこびりついた赤が、薄茶色に乾いていく。

もう手当てする相手もいないのに、癖のように布を折り直し、またほどいてしまう。


 イヴァは何も言わず、外套を羽織って外へ出て行った。

戸口から吹き込む風の音が一瞬止み、すぐまた戻ってくる。

彼女は戻ってくると、腰の袋から雪うさぎのような小動物を取り出し、手早く捌いて鍋に放り込む。

焚き火の火を足し、灰を払う。

全ての動きが、無駄なく淡々としていた。


「……ありがとう」


 ティナは小さく呟いたが、イヴァは返事をしない。

ただ顔を上げず、肉を煮ながら木杓子を回す。


 その静けさが、かえって胸を締めつける。

昨日までのように冗談を言ってくれれば、少しは楽になるのに――

ティナはそう思いながら、指先で包帯を裂いた。


 鍋の中から湯気が立ち上る。

イヴァは黙ったままティナの前に椀を置いた。

手を伸ばせば触れられる距離なのに、二人の間に見えない壁ができたようだった。

ティナは小さく礼を言い、両手で器を抱きしめる。

温もりが手に移っても、胸の冷えは消えない。


 視線の端で、イヴァの仕草を追ってしまう。

焚き火の火を足すときの癖、ナイフの使い方、包帯の扱い、時折外をうかがう目つき――

どれも、これまで気にしたことのないものばかりだ。


(何を見ているの……イヴァは、何を考えてるの……)


 疑問と疲労が入り混じって、ティナは思わず息をつく。

ふと、イヴァが椀を片づけながら、こちらをちらりと見た。

その黒い瞳は淡く光って、すぐに逸らされる。


「……食べて、少し休んだほうがいい」


 ようやく聞こえた声は、氷の下を流れる水のように静かだった。


 ティナは頷くふりだけして、鍋の湯気に顔を隠した。

彼女の胸の中で、イヴァへの感謝と不安とが渦を巻く。

外では風が唸り、雪壁を叩く音が遠くの獣の咆哮のように聞こえた。


 静寂の中で、ティナはもう一度だけ視線を上げる。

イヴァは背を向け、火を調整している。

その肩の動きひとつひとつを、ティナは目で追い続けた――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る