第22話「裂け目」

雪は昼だというのに灰色に沈んでいた。空気は湿り、足元の雪は重く締まっている。息を吸うたび、胸の奥に冷たい針が刺さるようだ。ティナは薬草袋のひもを握り直し、薄い唇を噛んだ。


この空気、どこかで感じた。あの夢の、白い森の奥。イヴァの声が反響していた、あのときの胸のざわめきに似ている。


「……配分を見直した方がいい」


先頭を歩くルークが、背負い直した罠の音を鳴らしながら振り返った。


「この先はもっと険しい。俺やティナ、お前が動けなくなったら終わりだ。体力のある者に多めに回した方がいい」


「祈祷師は祈りで皆を守るものです」マルタが冷たく返す。「私が弱れば、その守りは薄くなる。最低限の食事が必要です」


ティナは慌てて口を挟んだ。


「………いっそ、みんな同じにしてはどうですか?公平に」


「公平に、ねえ……」ルークが鼻で笑う。「危険を背負う者と、ただ祈るだけの者とで同じじゃ、割に合わんだろ」


マルタの手の中で護符の紙がしわになる。吐く息が白く立ち昇り、目に見えない火花が空気に散ったような気がした。


イヴァがそのやりとりを横目に、ふっと笑う。


「好きにすればいいじゃない。どの道、白い壁の向こうに行くしかないんだから」


軽い調子。しかしその”どの道”の響きが二人の神経を逆なでした。


「お前は何も背負ってないくせに」ルークが吐き捨てる。


「背負うものは人それぞれよ」イヴァは淡々と返すが、どこか楽しんでいるような笑みだった。


「不浄なものを口にするな」マルタが小声で戒める。その声も雪に吸い込まれ、消えていく。


「やめてください、こんなところで争っても……」ティナの声は弱かった。胸の奥に、あの夢のイヴァの手の温もりが浮かんでくる。守りたい気持ちと、どこか遠いものを見ているような不安が、同時に膨らむ。


私は、板挟みになっている。みんなを見ているのに、誰にも届かない。


そのとき、谷の奥から突風が吹き抜けた。雪煙が舞い上がり、四人の間に見えない線を引くように白を裂いていく。誰も口を開かない時間が続いた。


ティナは唇を閉じ、ただその風の音を聞いていた。


ーーこの沈黙の向こうに、何か決定的なことが待っている。そんな予感が胸の奥に沈んだ。


やがて、ルークが無言で荷を背負い直し、先頭に立って歩き出した。マルタは護符を強く握りしめ、祈りの言葉をひとつ噛みしめる。


イヴァは薄く笑ってティナの肩に手を置こうとしたが、ティナは反射的に一歩だけ退いてしまう。


雪は音もなく、彼らの足跡をすぐに埋めていった。白い大地に刻まれた足跡が、まるで心の色そのもののように見えた。

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