第11話「火の影の奥で」

夜が深まる。焚き火はいつのまにか炎を失い、灰の奥で小さな赤がかすかに呼吸しているだけになっていた。

岩陰の空気は昼間よりさらに冷たく、雪がぱらぱらと舞い落ちてくる音までが、はっきりと耳に届く。


ルークは毛皮のフードをかぶり、猟具を抱えたまま壁に寄りかかって眠っていた。

マルタも祈祷道具を胸に抱き、顔を覆っている。火の残光が二人の頬をかすかに赤く染めては、すぐ白い闇に吸い込んでいく。


ティナは眠れなかった。毛布の中の指先が氷のように冷たい。

目を閉じても、焚き火の余熱と雪の匂い、そして昼間のイヴァの笑顔が胸の奥をうずかせる。


夢で見たあの森、白い髪の少女、差し伸べられた手――。

現実と夢が混ざって、境界があやふやになる。


雪を踏む小さな音がして、ティナは顔を上げた。

イヴァが戻ってきて、焚き火のそばに腰を下ろしている。白い髪に雪が散り、闇の中で薄く光っていた。


息を吐くたび、白い煙がゆらめき、ティナの目にかかる。


「眠れないの?」

イヴァの声が、ささやきのように落ちてきた。


「うん……」ティナは目を伏せる。


「明日も長いのに」


「わかってる。でも……胸がざわついて」

ティナの声はかすれていた。


イヴァは何も言わず、焚き火の灰をつついて赤い火種を起こす。


その瞬間、ふわりとあたたかい匂いがティナを包んだ。

薬草のような甘い匂いと、雪の冷たさの奥にある生きものの体温。


顔を上げると、イヴァがすぐ近くに座っていて、こちらをのぞき込んでいた。


綺麗な瞳を、どろりと溶かすように目を細めて。


距離が、息ひとつ分しかない。


「……怖い?」

イヴァが低く尋ねる。


「わからない」ティナは震える声で答えた。

「でも、あなたのそばにいると、怖くなくなる」


イヴァの口元が、かすかにゆるんだ。

次の瞬間、ティナの唇に柔らかいものが触れる。


雪の冷たさに、焚き火の残り火が溶けこんだような淡い温もり――。

時間が一瞬、止まったように感じた。


「……二人が起きちゃうから、声は抑えてね」


そして服の中にイヴァの悪戯な手が入り込んできた。

胸がどくん、と鳴った。ティナは目を閉じ、頭の奥が白くなる。雪の匂い。火の匂い。イヴァの髪に触れた指先の感触。


「あ、ぅ……イヴァ、もっと」

思わずもれる声に、イヴァはにんまりと笑った。



「大丈夫。わたしがいる」

イヴァの声が遠くで響く。


その声は、子どものころ森で聞いた囁きと重なって――。

ティナは返事をしようとしたが、言葉にならない。


瞼が重く、視界の赤と白が揺れる。


最後に感じたのは、イヴァの吐息の温度だけだった。

そのまま、ティナの意識は深い雪の底に落ちていくように沈んでいった――。


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