第4話「空日」

小屋を出ると、頬に当たる空気が思いのほか重く、冷たかった。

吐いた息がすぐに白く凍り、薬草の包みを抱える指先までじんじんと痺れる。


村の道にはもう薄く雪が積もり、足跡が幾重にも交差している。


猟師たちの声が、まだ耳に残っていた。

「獣は人間だ」

ルークのあの言葉。根拠はないのに、奇妙な確信のように響いている。


家畜を裂いた牙、見つからない足跡、そして、村に漂うあの得体の知れない緊張感。


「……寒いわね」


隣を歩くイヴァが、わざとらしく肩をすくめる。

白い髪が風に舞って、雪景色のなかでひときわ目立っていた。


「こんな日に薬草を運ぶなんて、あんたも物好き」


「仕事だからね」


私は素っ気なく答える。

けれど胸の奥で、何かがざわついていた。


「ねえ、ティナ」


イヴァが足を止めた。


「ルーク、ああ言ってたけど、あなたはどう思う? 獣は人間だって」


「……噂の真偽を考えても仕方ないよ」


自分でも驚くほど冷たい声が出た。

イヴァは目を細め、微笑む。


「そうね。仕方ないことなんて、この村には山ほどあるもの」



集会所を離れると、広場の端でルークが罠を広げていた。

太い鉄のバネと鎖がむき出しになった、獰猛な仕掛けだ。


「これで獣を仕留める」


彼は満足げに顎をしゃくる。


「牙の深さは人間じゃねえ。だが罠なら、どんな獣も動けねえはずだ」


「そんなもので、本当に仕留められるかしら」


イヴァが淡々と口を挟んだ。

彼女の声は柔らかいが、氷のように冷たい。


ルークの笑顔が、わずかに引きつる。


「おっと、怖いことを言うな」


「ただの感想よ」


二人の間に、目に見えない火花が散った気がした。

私は慌てて薬草包みを抱え直す。


「南への道は雪崩で塞がれているって本当ですか」


私は話題を変えた。


「ああ、本当だ。雪の層が厚すぎる。今のうちに準備しなきゃ、村は閉じ込められる」


ルークは低い声で言った。


「山を越えるか、ここに残るか。どちらにしても命懸けだ」


その言葉が、鋭い針のように胸に刺さった。

村に居続けるか、危険な山を越えるか――どちらも安全ではない。


しかも、狼の噂が広がるなか、イヴァだけが異質な光を帯びている。

私はその背を見つめながら、どうしようもない不安に飲み込まれていった。



用事を終えて広場を離れると、吹雪が強くなっていた。

風が頬を切り、遠くに山脈の白い影が浮かぶ。


まるで巨大な壁のように、空と大地のあいだに横たわっている。

あの白い壁を越えなければ、春は来ない。


けれど、私たちは本当に越えられるのだろうか。


足を止め、白い吐息のなかで、そう呟いた。


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